長い長いムービングウォークを抜ければ会える四つ橋との距離は、必ずしも長堀にとって近いものではない。彼の名前を冠した駅は心斎橋からすれば既に一駅分くらいあるが、西大橋から歩けば地上になってしまう。だから長堀は茶封筒を持って四ツ橋駅を目指していた。
御堂筋に頼まれた書類を彼に渡さなくてはならないのだ。
「途中まで歩いてきてくれてもええのに」
ぽつりと独り言を言ったが、もとより急ぐ用事ではないらしい。らしい、というのは御堂筋に頼まれた、この駅に乗り入れている三人の書類を届けに行っているだけだ。仕事の詰まっていない長堀に対する彼の扱いはいささかどうかと思うところもあるが、細かいことを気にしていては長堀は自分が落ち込むことを分かっている。
着信は二度無視されているが、御堂筋が、決まった時間に四つ橋を呼び出したと言ったから、きっとそうなのだろう。彼が御堂筋を無視できないと言うことくらい見ていたら分かる。
「そないになんべんも電話せんでもわかってるわ」
ほらやっぱり。
角を曲がったところに四つ橋はいた。ということは着信も気づいていたし長堀がこっちに来るのも分かっていたのに面倒だから動かなかったと言うことか。長堀にしてみればそう言う根性の悪さは四つ橋の個性として織り込み済みなのでいちいち気にしない。
「はい、お届けに上がりましたー」
少しだけ声を尖らせて、長堀は四つ橋に書類を手渡した。三人の決済の必要な書類は、四つ橋のサインを貰ってこれから御堂筋のところへと戻る。
よく似た手の形で、よく似た手つきで、茶封筒から書類を取り出した四つ橋は、さっと目を通して、了承したのだろう、内ポケットからペンを出してサインした。筆跡は、努力で変えられるからだろうか、余り似ていなかった。
「はい、これ、宜しく頼むわ」
「はーい」
四つ橋は御堂筋の絡まないところではただ勝ち気なお兄さんで、誰とでも交流がある長堀にしてみればまさしく年長者、だった。それゆえにとっつきやすいし、彼のそう言うところは嫌いではない。けれども今日はこうして体力を使わされたぶん、すこしだけ意地の悪い気持ちになった。
「四つ橋が御堂筋のところまで行ったらええやん?」
別に四つ橋は御堂筋のことをどうにもこうにも特別扱いをしているわけではないのだろうが、長堀の目からすればそれはただの、何か名前をつけなくてはならないような感情で、
「いやや、遠い」
ふいと顔を背ける四つ橋がとても年上だというのも嘘のように思える。
彼らを見ているとうまく言えないけれどもなんだか鏡のようで、それにしては鏡を見るどちらかが、あるいはどちらもが興味のベクトルが違いすぎて、だから長堀はどちらかと言えばこっそり四つ橋の味方をしてやりたいと思っていた。本人が余計な世話だと思っていても。
「ここまでわたしひとりで来たのに?」
「長堀はどないして自路線戻るん」
「西大橋まであるくー」
「アホ言いな、それに」
軽かったテンポがふと重くなった。どうしたのだろう、と長堀は四つ橋を見上げた。何か少し考えていた四つ橋は、長堀の頭にぽんぽん、と手を乗せて、せやな、と言った。
「鶴見ここまでひとりで来てんからな、いこか」
随分古い名前で呼ばれた、と思った。けれども四つ橋は静かに笑った。その四つ橋の笑顔はいつもなにかを押し殺しているから長堀にはうまく質問することができそうになかった。
ムービングウォークの半分のところで、不意に四つ橋が言った。
「だって一緒にいったら、俺が戻るのひとりやん?」
あ、と思ったけれども、ここまできて四つ橋が一人で引き返すこともないだろうと長堀には分かった。え、と戸惑って首を傾げると、また何も言えなくなる、あのやわらかくてやさしい笑みは歪まない。
「別に、会いたいんじゃないし」
どれが本音かは分からないけれど、やはり四つ橋は大人のお兄さんの癖に、おとなげない、と長堀は思った。
20100820