尖った目はいつも通りきつかった。そもそもこんな時間に彼がずかずかと四つ橋の部屋に入ってくることなんてあり得なかった。デジタル時計は午前二時半を静かに通り過ぎる。それでも四つ橋にはそれから目を逸らす可能性などあり得ないことを、彼はきっと知っていた。いつもよりも御堂筋の振る舞いには落ち着きがなかった。どうしたん、と小さな声を意識して聞いたのに、押さえつける腕に容赦がなくて驚いた。四つ橋、彼はただ名前を呼んだだけだった。四つ橋の背中がびくりと震えるのを見て、彼は言った。済まん、と。
性急な彼の仕草に何が起こったのかを問うことすら出来なかった。ただ、彼が何かの理由で切羽詰まっていることは分かったし、それで、四つ橋の部屋まで来たというのならば、それで良いような気がした。
「どうしたん」
もう一度だけ問うた。御堂筋がベッドにのしかかり、二人分の体重を支えるベッドの木枠が軋む音に、どうしたのかの結論を知りながら。聞かずにいられなかったのは何故だろう。そんなふうに衝動的に彼が自分を尋ねてくる理由が聞きたかったのは何故だろう。答えなど得られるわけがないことを知りながら、四つ橋は組み敷かれた下から彼の眼鏡を外す。御堂筋は寄せられた四つ橋の手に、おびえるように肩をすくめた。
碌な説明も無しにただ組み敷かれても抱かれても何も言えない自分のこのあり方を、きっと誰もが危険だから止めなさいと言うのだろうと思う。止められるものならば止めている。御堂筋のものぐさでもいい。彼が抱くのが自分だけならばそれは嬉しい。まして何かの理由で切羽詰まってきたとき、そういうときの選択肢は慣れたものに削られるはずなのに、それでも彼が自分を選んだというのならば、何も不満なんてあるはずがなかったのだ。
御堂筋の呼吸はいつもより荒かったし、縋り付いた首筋には脂汗が浮いて酷く熱がこもっていた。一体何があったのかなんてどうでも良かった。ただ彼が自分を選んでいる理由くらい聞いても叱られないかとは思った。それは、ただの希望といった方が正しかったかも知れないけれども。
なんで、と四つ橋が聞くと、御堂筋は、ごめん、とまた謝った。違う、聞きたいのはそんなんじゃない。謝られたいならば詰っている。理由が欲しいから聞いている。御堂筋は何も悪くない。けれども彼の身体に追い立てられる自分にそんなことが言えるわけがない。
「暑かったから」
そんな理由でも、四つ橋は聞いて、笑った。なんだ、どうしようもない衝動に自分が律しきれないときが、御堂筋にもあるのではないか。そしてそれをぶつけるのは、いつだって自分だというのだ。
それ以上何が必要か。
御堂筋が、まだ何か苦しいのか、眉間に皺を寄せている。どうかそれを救いたくて、揺さぶられる身体の衝動をやり過ごせないまま、四つ橋はゆるゆると首の後ろに回していた手の指を彼の眉間の皺に寄せて、撫でた。彼の額に浮き上がる汗の玉が自分の腕を伝い落ちる。弾かれたように顔を上げる御堂筋の顔が意外なものに揺さぶられていて、ああ、この男のこんな顔を他の誰にも見せたくないと四つ橋は浅ましく願う。
「ええよ、それで」
投げやりに言ったのは、どんな言葉も彼の前に意味を成さないことを知っていたから。
御堂筋はなおのこと額に寄せて溜息を吐いた。何故、と聞きたかったけれども、腰を打ち付けられては、四つ橋にそれ以上の言葉を吐くような真似も、出来るわけがなかった。
20110904