「なにあれかわいい」
 咄嗟に自分の辞書にない言葉が聞こえてきて、御堂筋は首を傾げた。
 御堂筋に新車両が導入されて、実際にお客さんを乗せて走っているところを見たいと言い出したのは長堀だった。幾ら設計図を見ていても、試運転を見ていても、実際に運用に入っているところは確かに違うだろう。彼女も先日から、更新車が走るようになって、すごぶる機嫌が良い。
 とはいえ御堂筋も余り暇ではないので、見に来るならば誰か他の希望者も一緒に来てくれた方が案内もしやすいが、と募ったところ、名乗り出たのは南港だった。彼女の場合、地下に降りてくるのも、車両が珍しがられているところも珍しいので、たまにはそういう様子が見てみたい、ということだった。
 御堂筋としては運用を調べてやって、このあと何編成したら新車両が来るかというのを教えてやることくらいしかできなかったが、ふたりともそもそもホームが小さい路線なので、御堂筋の心斎橋駅の天井の高さに既にきゃあきゃあと声を上げて喜んでいた。まるで社会見学の子供、はっけん隊と同じ目線だ。
 見せる側としては気分も悪くないが、そこそこ長く交通機関としてやって来たのに、いまさらこんなものひとつで張り切ってくれて良いのだろうか。あらゆるものに好奇心を持つことは好ましいことだが、ううん、と内心で思いつつ、もちろん御堂筋はそんなことを声に出すことはしなかった。
 生憎ポーラスターは来ないタイミングだったので、他に物珍しいものを見せることは出来なかったが、御堂筋の言った通りの運用で、新車両が滑り込んできた。あらゆる場面で冷静でいなければならないと心がけているとは言え、目の前に、シルバーをベースに赤をアクセントに差した丸みのある先頭車両が滑り込んできたら、鼻が高くなることは仕方がないと思う。
 運転士に、今日は見学するから、なんて言ったわけでもない。それでも車両は丁寧に停止位置に止まった。今までの車両と比べればずいぶんと丸みを帯びていて、目に眩しいカラーリングも真新しさの象徴のようだったし、他路線の更新車や新型車に合わせたデザインにしているので、いまさらながら21世紀の象徴のようなものが自路線に来たように思える。それが、今のところ、とても嬉しい。
 ふふん、と内心で思いながら、扉が開いて客が乗降しているのを見る。すると、南港が言ったのだ。
「かわいい?」
 御堂筋が一拍遅れて聞き返す。
「かわいいやん、御堂筋とは思えんわ」
「どこが」
「丸いし、色も可愛いし」
「でも谷町にいるのとそんな変わらんぞ」
 内心では自分の新車両のことを褒め倒しつつ、どこか南港の評価は一歩ずれているような気がして、自分としては当然のことを言っているつもりだった。ただ、常に南港は余りにも堂々としているので、飛び抜けて常識外れなことを言わない限り、彼女の言うことは全て正義になるような所も、何処かあったが。
 反論したのは意外にも長堀だった。
「谷町の紫は、おとなっぽくて綺麗だけど、御堂筋のは、確かに、かわいい」
 彼女は生まれつきか、色彩センスはかなり良いのだという。絵を描く谷町と、色をよく見ている長堀の評価だから、そうなのだろうかと、御堂筋は悩んだ。何せ、そう言う点に関しては、何処か突き抜けているらしいので。センスがおかしいと言われてもどうおかしいのかさっぱり自覚はなかったが。
「御堂筋にしてはまともにかわいいやん」
「どんだけ予想外なんや」
 南港が余りにも、御堂筋にしては、という部分を強調するので、思わず言ってしまった。こういう点においては自分に全く利がないことを分かっているけれども、そこまで言われなくても良いじゃないかとは思ってしまった。
 ふたりは目を見合わせる。丁度そのタイミングで、客を乗せ終わった新車両は扉を閉めて、またホームから滑り出した。
「あ!」
 そういえば、乗りたい、とか言われていたっけ。しょうもない会話で盛り上がっているあいだにすっかり忘れていた。確かに新車両ではあるが、毎日見ている自分では今ひとつありがたみが足りない。あーという溜息を漏らしながら新車両が行ってしまうのを見送る長堀の背中を見ながら、南港は言った。
「だから、うっとり見とれて乗られへんくらいに予想外なんよ」

「何、御堂筋そんなかわいいのん」
 話を聞かされた四つ橋は耳を疑うように確認してから徐に笑った。
「だってそんな、御堂筋が可愛いなんて」
「余計な世話や」

(仕事馬鹿なところも可愛いなんてよう言わないけど)

このお話の半分くらいは今日目の前で30000系がホームから出て行ってしまったときの私の悔しさで出来ています
残りの半分くらいは長堀さんで更に残りの半分くらいは赤青をねじこみたい一心です
乗りたいよー
20120121