Le reve est un chemin de l'amour

※外交官東北×フリーライター上越




かぎりなき思ひのままに夜もこむ夢ぢをさへに人はとがめじ



 この国に入ってからまともに休めていない。ひとつめの夜は,紫煙とともにするり逃げた整った顔の男に夜を奪われてしまったから仕方ないとして,その後は大使館の自覚のなさに走り回って,ついでに要らない仕事も降ってわいてきて,あっというまに明日に大きな会議が始まる。
 自国ではない国で,自国の大臣が現れるというのは,たったそれだけで警備体制が慣れないことによってもろいのだ。そういうときにこの外交官は呼ばれて,必要な指揮を執れと上から無責任に言われて,現場からは突然現れた男の行動についていけないと非難をされて,まったく,忙しい。
 その日もホテルに戻ってきたらすでに日付変更線を越えたどころの騒ぎではなかった。鍵を開ければオートでルームランプがともる。ジャケットは玄関のクローゼットに掛けて,部屋の奥の明るさに導かれるようにソファに沈み込む。眠らなくても仕事は出来るつもりだが,思ったより体が来ている。
「歳か」
 ひとりごちて,鞄からノートパソコンを引っ張り出して電源をつけようとしたら,バッテリーが落ちて開けない。変圧器を取り出してコンセントにつなぐだけの作業さえおっくうなので,ソファに沈み込んだまま携帯を取り出した。
 携帯の方は大使館で充電してきたからバッテリーに問題はない。電話帳をスライドして,止まった位置に思わず笑ってしまう。
「マーキングをするならもっと振り回せばいいものを」
 フリーライターはあれだけ外交官を誑かそうとする割に,案外外交官本人からは情報を持って行こうとはしない。それはつまりなんだかんだと情報を躱して少しでも長く外交官と一緒にいたいというかわいげではないのかと,本人に確かめたことは一度もない。
 大使館と現地の警察庁を行き来していても街にフリーライターの気配はないし,たぶん今頃現地の可愛い女性でも引っかけているのだろうと想像するのは容易だった。それでも,たぶんフリーライターを外交官が呼び出せば,来ることなんて分かってはいる,けれど。
 呼び出すのは何となく自分が求めているようで癪だった。けれども近くにいることが分かっているのに何のアプローチをしないのはそれはそれで癪だった。開いた電話帳のメールアドレス画面から新規メール作成画面へ飛び,そしてひとつ溜息をつく。
 打ち込んだ語句の切れ端をフリーライターがどう理解するかは分からない。けれども独立してあれだけ身1つで文字と写真だけで売っている男だ,すこしくらいの心得はあるだろうと,送ってから外交官はひとりで笑った。そして座り心地の良いソファから立ち上がるため,少し重たい腰に,よ,というあるまじき声をかける。もういい歳だな,と思いながら変圧器を取り出してノートパソコンの充電を開始する。
 あの男はたぶん弱っている外交官に興味はない。
 ノートパソコンを開いた次の瞬間に携帯電話が場違いな電子音を立てた。存外素直なリアクションで,しかもメールではなくて着信だったことに笑ってしまう。
 なんだかんだで,たぶんお互い様なのだ。
『夢の通い路だけで満足なの?』
「お前はどうなんだ?」
『聞かないでよ』
 どれだけ疲れていたかなんて忘れてしまう。自国の煙草に火をつける。あ,火の音,うれしそうに電話の向こうでした声に,お前がいればいいのに,と呟くと,存外携帯電話の向こうの声は黙り込んだ。
和歌は小野小町先生 この話にオチとかあるのかないのか
「夢は,愛の通り道」
20090907


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