銀行の世間話

「おや、りそなちゃん」
 オレンジじみた茶髪に声を掛けられて、りそなは振り向いた。
「UFJさんー、こんにちは」
 合併を繰り返して間違いなく二番手の立場をひた走る三菱東京UFJ銀行は、銀行同士のあいだではもっとも印象的なアルファベットの名前で呼ばれるようになった。
「今日もふわっとしたスカート? かわいいけどもっと短くても良いんじゃない?」
「UFJさんにお会いする日はー、長いの履いた方が良いってー、かんぽさんに言われたんですー」
 煩わしいことを言ってからかってくるけれど、単にUFJは大体そういうことを思ったまま言ってしまうだけなので、りそなはそこまで嫌な心地はしなかった。共通の知人の名前を出すとUFJは明らかにうっと胸がつかえるような顔をした。身にしみるところがあるのだろう。
 その気がないのにちょっかいを出してしまうのは彼の悪い癖だ。
「みずほさんに会ってないか?」
 気を取り直して、というかその話題を強引に流して、UFJは青い銀行の名前を出した。よくもまぁ、自分がちょっかいをかけて自分の方を向いてしまったひとのことをそうやってほったらかして、自分の好きな相手のことを言えるものだとりそなは思う。
「今日はお見かけしてないですー」
「そうかー」
 自分のテンポで答えていると、UFJがつられてゆっくりと頷いてくれた。
「よう、りそな」
「住友さんー、こんにちはー」
 りそなは自分の待ち合わせ相手が現れたのでそちらを振り向いた。栗茶色の渋い茶髪はりそなの好むところで、それで彼が前にりそながあげたフープピアスをしていたのでりそなはとても機嫌が良くなった。
 彼は不器用なところの多い男だが、りそなが別に彼のことを好きでも何でもないと言うことを分かった上で、そうやってりそなと会うと分かっている日にりそなのあげたピアスをつけてくれる。木訥すぎて損をしているのだろう、と思う。
「よー相変わらずむさ苦しいな住友」
「相変わらずちゃらちゃらしてんなUFJ」
 この二人は余り仲が良くないが、それはたぶん二番手同士の自覚がある二人が、それぞれのやり方が気にくわなくていがみ合っているのだと思う。りそなのように全く違う立場のものから見ればついつい笑うしかない。
「みずほなら下にいたぞ」
 けれど、住友が先ほどの会話を聞いていたのか、それとも単にUFJを追い払いたくて適当なことを言ったのかは知れないが、そう言われるとUFJのあの華やかな雰囲気が更にぱぁとなるのを見れば、これだけ明白にじゃれつかれて、単に大型犬を飼っているようなあしらいをするみずほも、無自覚だとしたら相当な愚か者だと思う。
 じゃ、とひらり手を挙げてエレベーターの方へ走っていくUFJをにやにやしながら見ている住友を見て、たぶん適当なことを言ったのだ、とりそなは察したが、わざわざそんなことを聞いたりしない。
「来る前にじいさんとこ寄って来たんだ、りそなに会うって言ったら」
「わ、お菓子だー! 住友さん、持ってきてくれてありがとうございます」
 私設の銀行誰もが不可侵領域として扱っているゆうちょは、立派な老紳士の形をしていて、りそなはもう孫のような扱いをされているのだと自分で知っていた。
「りそなは得だよな」
「そうですか?」 「かわいけりゃ潜り込める懐もあるかも知れないってのに」
 住友が本気でりそなの形になって、かんぽのことをちょろまかしたら、と想像してりそなは少しぞっとした。住友は木訥なのが良いのだ、そんな計算尽くの女みたいな事はしなくて良い。
「そのままでいてください」
「ありがとう……」
 たぶん勝手にりそなに感謝して勘違いをしている住友は、悪ぶっているけれども真面目なので、やっぱり損をしているとりそなは思った。
イベント前日に何も説明がないのは良くないと思ってあわてて書き上げた。
20100215



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