雨と御堂筋と四つ橋/20110206〜20120226
雨を直接見ることは四つ橋にとってとても機会の少ないことだけれども、ふるぼけたトンネルのあちらこちらで雨漏りの音がテンポ良く聞こえてくると、ああ、まずいなぁとぼんやりと思った。髪の毛がぴたんとへばりつく雨の日は、わけめがなにがなんだか分からなくなってしまうから。
小さな頃の自分が御堂筋のことを何から何まで真似をしていた頃の癖で、放っておくと自分の分け目は御堂筋と同じ方、右寄りになってしまう。それを無理矢理ヘアピンで固めているのが普段の左の分け目で、雨の日にはそれが台無しになってしまう。
いっそのこと前髪を切ろうかとも思ったけれども、前髪を伸ばしていた時期の長い自分が唐突に前髪を切るのはこれはこれで躊躇われた。湿気のお陰でいつもよりもホームで巻き上がる風に髪が巻き込まれないのはそれはそれで良いのだけれども、自分の性質を見透かそうとするものは余り何でもかんでも好きではない。
どうしようかなぁ、と思いながら憂鬱をかみ殺して四つ橋は大国町のホームで降りた。いまさら彼の顔を見たくらいで心臓が跳ねるのをいい加減に何とかしたいとは思うのだけれども、容赦のない御堂筋の眼鏡越しの視線がこちらを見ていて思わず溜息を吐きそうになった。
御堂筋の髪もうっすらと湿り気を帯びていつもよりも下がり気味に見えた。もとよりこんな重力に従った髪型をしているはずの自分たちでも、雨の日には髪型がぺしゃんこになるものだと思うと可笑しかった。千日前なんてさぞ苦労することだろう。
「どないしたん?」
努めてなんでもないように振る舞おうと心がけて、御堂筋に声をかけた。いつもの視線の割に全体的に動きが緩慢としているな、と思ったが、答えはすぐに得られた。
「地上は寒い」
「せやろなぁ」
冬の雨はとかく冷える。それも御堂筋が言う地上は、たぶん西中島南方の向こう、あちらは淀川を渡る瞬間がとても冷える。普段は暖房の効いた地下でぬくぬくと仕事をしていることの多い自分たちだが、地上区間にいくと途端に温度差に対応できないと言うことは、ままあることだろう。
「あっためろ」
「はあ?」
だからと言って御堂筋がそんなことを言い出すのは、すこし意味が分からなくて、四つ橋は目を見開いた。何があったのかと心配しようとしても二の句を継がせてくれない早口は、彼の、もしかしたら悪いところかも知れない。
「大国町にカップスープかなんか持ち込んでないんか」
「……ああ、あるかもしれん」
まったく身に覚えはなかったが、それだけ長く彼を振り回すためならば適当な方便も有りだと思った。なかったならなかったで、この寒い雨の降りしきる中を地上に上がって適当なスーパーでも探せばいい。それより、嬉しいことがあったのだから。
「探そか」
沢山の線と結ばれている彼が、よりにもよって四つ橋しかいない大国町まで来て熱を所望してくれたこと。勝手に性的な意味に勘違いをした恥ずかしさをさておいても、そうして彼が意識してか無意識かわからないが、自分を選んでくれたこと。
ポットの置かれた部屋は、たぶんわざと何も置いていなかったような気がした。だがそれで彼といられる時間を引き延ばせるならば、こんな幸せなことはないと思った。