企画はまとめていくつか上がったものだから実際に刷り出されてきたチラシと作られたスタンプを見てもどうも思わないだろうと思っていた。けれども、いざ、
「はい副都心、君の分ね」
そう言って銀座に印刷された紙の束を渡されて、スタンプをその上に載せられると、とてもむずがゆい気持ちになった。
開業して丸二年と少し、自分の駅がこういった企画の対象になるなんてとても新鮮だった。渋谷までわざわざ紙を届けてくれた銀座も副都心の口元がふやふやと緩むのを見つけてしまったのだろう、もとより隠せるとも思っていない。
「うれしい?」
「それはまあ、こんなふうに僕の駅が使って貰えることもあるんですね」
そう言うと、銀座は何も言わずに笑った。副都心と銀座では生きてきた期間、優に一世紀に近い差がある。物事の当事者になった回数だってよほど彼の方が多い。そんな彼からしたら、たかがひとつのウォーキングのスタンプラリーがなんだ、ということになってもおかしくなかった。
二つの路線の駅を歩いて、その途中にある施設に寄って、スタンプを集める。そして応募すると言うだけの簡単なこのキャンペーンは、企画からはだいぶ、実施されてからも一年近くなる。
だが副都心の駅が単体で取り上げられるのは今回が初めてだ。
「ちゃんと八時になったらスタンプ仕舞うんだよ」
「はーい」
受け取った紙束は幾枚ずつかに分けて、駅に設置していく。もちろん、今回のスタンプ駅となる西早稲田駅には少し多めに。イベント用の台はすでに運び込まれているので、その確認をしたら今日の副都心の特別な業務は遂行される。
「浮かれてるでしょ?」
銀座の指摘は、誰かさん以外には分かりやすいと一部には評判の自分の表情からはきっと知れることだろう。鼻歌でも歌い出したくなる気分で、副都心は銀座の地上ホームの階段を一歩下りる。
「僕も一人前に企画が貰えて」
「それだけじゃない」
もちろん、企画が貰えるほどの認識を得られているというのは、とてもうれしいことだ。けれども銀座の微笑ましい声は上から降ってくる。彼はわざわざ自分のために足並みを揃えて階段を下りてくることなんてしないし、それが銀座に望む姿でもある。
「銀座さんにはまったくかないませんね……ええ、もちろんです」
さらに二歩下がって、子供の頃のような目線で、自分をやさしく見守る銀座に、副都心はまるで不敵な孫がなんということのないおもちゃを自慢するように言うのだ。
「僕と、先輩が、同じ企画を組んで貰えるなんて、一人前って言って貰えたみたいで、うれしいですよ?」
こんな大胆不敵な口調で勝手に噂されていることをきっと有楽町は知らないまま、この企画は終わってしまうのだろう。けれども副都心は考えるのだ。どちらからスタートしてもいい、自分と有楽町のあいだを行き来する人間が、ふたりのあいだをつないでくれることが、どんなに喜ばしいか。
「直接、有楽町に言ってあげなさい?」
「嫌です、恥ずかしいですから」
言うだけ言って、今度こそ副都心は銀座に背を向けてかんかんと階段を下りる。たとえこの渋谷の街が誰のもので、誰が自分を使うか、なんて、そんなことは、いまの副都心の個人的な喜びの前ではどうでも良くて。
(先輩は、何も考えてないでしょうけど)
僕はふたりで仕事が出来る口実がこんなにうれしいんですよ、と、思った。
今回のめとぽんみてぽんあるいてぽんが実はものすごく地元です。
20100820
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