たまに赤い花

 時刻は昼下がり。次の会議までの時間は小一時間,東北は高速鉄道の休憩室にて新聞を読みながらのんびり時間をつぶそうと決めていた。そう決めて東北が立ち寄った休憩室にははじめ誰もいなかったのに,がちゃり,音がした。
「おそろいなの」
 なにが,と東北が問おうとして顔を上げようとしたが,わざわざそんなことをしなくても上越は自分から東北の目の前に顔を合わせてきた。一人掛けのソファーに座っている東北の目線に合わせると上越の高い背が折れ曲がってしまう。いつも黒々とつややかで,口にはしないが東北が好んでいる上越の長めの髪のうち,よく視界を遮ってる前髪を,ヘアクリップで留めている。黒いプラスチックの土台に赤い繊維で象られた花を載せたその様は,顔立ちだけ見ればそれなりに女みたいな上越には何ら不自然なところがない。
 上越が前髪を切る気がないことは,長いつきあいでもうわかっている。邪魔だというくせに切るのはいやなのだそうだ。ならばこのヘアクリップもそれなりに合理的ではないだろうか。
 東北が感想を言おうとしたところを,いたずら気な表情を浮かべた上越に遮られた。遮られて,東北は上越のいたずら気な表情の真意を知る。
「山陽と」
 なるほど山陽も髪が長い。
 秋田ほど開き直って伸ばしてしまえばそれでいいのだろうが,山陽や上越程度の長さはおそらく扱うのに微妙なのだろう。それでクリップ。うなずける。うなずいてもいいが,それで東北を動揺させようとするその魂胆が腹立たしいと言えば腹立たしい。
「そうか」
 リアクションをした声はたぶんいつもどおり平坦なはずだ。しかし上越はそれが不満だったのか,おそろいの経緯までご丁寧に解説してきた。
「ほっといたら山陽が赤で僕が白だったんだけど,山陽がたまにはお前も赤つけたらどうだ,とかっていってきたから赤にしてみた」
「なるほど」
 地域性の問題だろうが山陽は派手な色が好きだ。けれどももとが端正な山陽はだいたい濃い色も薄い色も何でも身につけこなす。その点はこの目の前の男も同じだが。
 おそらく,と東北は思った。上越の求めている言葉はほぼ合っていると思う。素直に言ってやるのがしゃくなだけで,東北だって言うべき言葉の通りに思っている。けれども東北の心境を振り回したのは上越の方が先なのだ。
「有用だろう。お前が髪を切らないまま仕事ができるんだから」
 敢えて核心を外した褒め方をすると,上越が不機嫌そうになるのが目に見える。白い肌に頬の表情が透けるから,上越の心境はわかりやすい。と昔気づいたけれども,それはたぶん東北の特権だから誰にも確認を求めたことはない。
 上越が合わせていた目線を落とすと,赤い花と代わりに目があった。おそろい,というフレーズに引き合いに出されて苦笑している山陽まで目に浮かび,仲良きことは羨ましきことかな,と思った。
「じゃあ,100均でもっと沢山ピン買ってこようかな」
 どれだけふてくされたら気が済むのだろうか。
 その言いぐさに,もっといじめてもいいとは思ったけれども,今限られた時間は小一時間で,どちらかというと不機嫌な顔よりも甘えてくるかわいい顔を見たい気分だったから,東北は言ってやった。
「似合っているぞ」
 はじかれたように顔を上げた上越は,無表情を装ってもその奥が照れを隠し切れていない。余計なお世話だよ,と言う上越の後頭部を撫でる。飾らない髪もつやつやとして手になじむし,整った顔も見られるし,時間はずっとあるわけではないし,そのまま後頭部を押さえつけて,上越の額を東北自身の胸元に押しつける。わ,と声を出した上越が,けれどもそのまま力を抜いて,体ごと座っている東北の上にしなだれかかってくるので,たまにはそんな素直な彼も悪くはない,と東北は思っておいた。
東北はそう簡単に嫉妬してくれないふりして,大人げない態度で嫉妬しているのがだだ漏れ。だけどいつも自分が同じことしてる上越は案外気づかない
20090811


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