あやふやに夜をまたぐ

※いきなり事後描写からなので少し下げます。










「んっ」
 上越が達して,直後に東北も中に出したらしい。あーもう最悪,中出しとかありえないよね,と憎まれ口をたたきたいけれどもそもそも口を開けない。ぺたり,汗をかいた上越の鎖骨の上に,これまた汗をかいている東北の額が載せられる。口を開けないのは本当に不本意ながらこっぴどく啼かされてそんな気力がわかないからだ。
 背後はベッドだし,このまま眠りに落ちたいという誘惑ははかりしれない。けれども中出しをされたならかき出さないとつらいのは自分の方だ。ついでにいうとそんなことを東北にされるのはいろいろと堪えられない。従って仕方ないので,上越は,東北に,ばか,とだけ言っておいた。
 東北は上越に罵倒されたことでその意図を察したらしく,何かの意趣返しのように中に入れたままの東北自身をもう一度上越にこすりつける。
「なぁに,すんの,さっ」
「こうして欲しかったんだろう?」
「誰がっ」
 この男は無表情のくせにひどいむっつりだ。むしろ東北を一言で言い表せと言われたらむっつりという以外言いようがない。長いつきあいだから知っている。
 ずるり,慣れた形が抜けていく。その形に慣れていることはどうかと毎度毎度入れられるたびに思う。関係性に名前があるとすれば,そこに恋情などあってほしくないと上越は常に思っている。恋情はもっと切実で切迫したものでなければならない。まして自分たちの関係など。
「ぁ」
 彼が出て行くときの衝撃が声になってこぼれる。東北はいとおしそうに上越の頬を撫でた。堪えられない,と衝動的に思う。そんな扱いは,する相手が違う,と思う。あるいはもし東北が上越に対してすべきだと考えているならば,いろいろと前提条件が違う,とか。
「どうせしょうもないことを考えているのだろう」
「君に言われたくないね」
 吐き捨てて,バスルームに向かいたいけれど,まだ体が素直に言うことを聞いてくれなさそうだった。寝返りを打つにとどめたのは東北に肩を貸されたり体を任せたりするのは耐えられないからだ。セックスの後は感傷的な気分になる。もうずいぶん長い間東北以外としていないし,毎回毎回こうだ。そもそも東北は上越が東北以外としていないなんて知らないだろうし,東北が上越以外としていたとしても上越は驚かない。
 ただ,なんだろう,と思うだけで。
「シャワー浴びるか」
「もうちょっとしたらね」
 ベッドから腕を伸ばし,東北はティッシュボックスを持ってきた。上越はただ何となくその動きを目だけで追う。東北は上越の目を見ない。ただ先ほどまで挿れていた上越の箇所を軽くぬぐってくれる。ありがと,という気も,叱り飛ばす気力もない。ただその手付きの甘やかなことが耐えられない。
「いいよ,あとでやるから」
「お前の体に負担がかかるのは困る」
 だからどうしてそんな不意打ちに。
 もしかしたら,何もないと感じているのは上越だけなのかも知れない,とたまに思う。期待をする。東北だって,それなりの未練や情や,好意を持って上越を抱いているのかも知れないと思う。
 何をこんなに恐れていて,何を聞きたいのか,上越は自分で知っている。けれども,東北が上越の目を見たとたん,どうしても上越はその目をそらすのだ。
 かなわない相手なんだろうと,わかっている。
 だって上越は,東北の一挙一動にいつも戸惑う。
 望むものなど,何もないなんて,嘘なのに。
「……連れて行ってやろうか?」
「え?」
「立てないんだろう」
 言われて,それがシャワーの話だと察して,上越は思わず顔を上げた。思わぬ間近で彼の顔を見て,たまらず腕を伸ばして引き寄せて,唇を重ねる。
「じゃ,起こしてよ」
 いつも通りの憮然とした態度を装えている自信などない。けれども,東北は上越の腕を首に巻き付けたまま,上越の腰を手で支える。腹筋を使って体を起こせば,東北が上越の体を引き寄せるように支えようとするので,逆らえない自分にうんざりする。
「勝算なんて考えてないよ」
「何か言ったか?」
「ううん,よろしく」
 バスルームまでね,とにこやかに呟く。たぶん,東北に独り言は聞こえていたのだろう。それを彼がどう捕らえているかに興味はない。答えを聞いてそれが否定につながったらきっと立ち直れない。
 いっそ本音を吐き出せば,その言葉や心を引き出せるのかも知れないとは思っている。いまさらそんなことができるならね,と上越は内心で毒づいておいた。
果たしてこれを掛け算表記していいものか
20090815




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