サーキュラー☆カンバセーション

「何だと思う」
「何が?」
 高速鉄道の休憩室に上越と山陽しかいないということは,つまり,とても自堕落な空間が繰り広げられると言うことだ。誰が来たとしても切らさないように常に二本は冷蔵庫に入っている冷水筒(ちなみに,中身は東海道手製のお茶だ。思い遣りではなく費用削減のためである)を山陽が取り出し,タンブラーに注いでいる間に,上越はどこかから手に入れた差し入れか手土産の茶菓子を出してくる。時間はちょうど三時。良い時間だ。
 そんなお茶の支度をしている間に,上越が突然尋ねてきたのである。上越が突然物事を尋ねてくるときは何か裏があるかどうかを勘ぐるのがはじめである。山陽自身は幸いにしてたぶん今日は上越の機嫌を損ねていない。もし損ねていたらこうして一緒にお茶をするなんて言う流れにはなっていないはずだ。
 ということは山陽に直接の関係のないところで上越は何か聞きたいことがあるのだ。この男は自己完結の出来る,頭の回転のいい男だ。ただいささか回転軸がずれていて,時々性悪な面が出たり,時々寂しがりやの面が見えたり,卑屈になることもある。けれども,長いつきあいで,かつ友人としてならおそらく一番上越を理解している山陽は,すこしだけならその軸を直してやれるのだろうと,自負している。
 まあ,いずれにしても山陽のその感情に名前は付かない。
 むしろ名前の付くべき関係は,上越が認めていないだけで。
「あの男は」
「あの男が,何かってこと?」
 冷蔵庫を開けながら尋ねる。上越は黙ってうなずいた。冷蔵庫を開けている時間が長いと東海道に怒られるから,いつのまにか開け閉めはさっさとする癖がついてしまった。
「同僚?」
「うん」
「同期?」
「うん」
 上越がお盆に取り出したお菓子を,二人向かい合ったソファーで挟んで手に取る。単語で質問して,上越は素直にそれに答えてくる。
「友人?」
「まあ,百歩譲れば」
「好き?」
「嫌いじゃない」
「嫌い?」
「うん」
 言っていること矛盾してますけど,とはさすがに言わなかった。下手なことを言って機嫌を降下させるのもごめんだし,たぶん上越だって自分で矛盾していることに気づいているのだ。
 矛盾していなければ,何だと思う,なんて問うはずはない。
「美味しい」
 上越はぽつりと言った。今日の東海道のセレクトは緑茶だった。ひんやりとした味が喉を通っていくのは心地よい。昨日の晩のリクエストを,覚えていてくれたのか,と思ってほんのすこしうれしかったのは,黙っておく。
「別にそんな期待はしてないんだけど」
 上越はようやく口を開いた。黙っていればモテる,と言われる山陽と違って,上越は本当は口を開いた方がモテると思う。それもその毒舌じゃなくて,本当に思っている心根を。
 まぁそんなことを上越ができるなら,あの男だってわざわざ上越を選ぶまい,とも思う。結局のところ一番趣味が悪いのはあの男だ。けして上越が可愛くない,ということではなく,あの男のやり方が。
「確証を持てないって言うか」
 そうそうそれそれ。
「何の?」
「あの男の考えてること?」
「あー分かりにくいね……」
 当事者だったらね,と山陽はこっそり思った。東北の無言の牽制に飽きているのは山陽の方だ。たぶんそんなことを言ったら上越はヒステリーを起こすような勢いで混乱するだろうからわざわざ言いはしないけれど。
 あの無口で要らないこと言いの男は,そのくせその行動のターゲットがきわめて絞られている。興味のないことはどうでもいいというスタイルを貫く男の,その興味の対象にされていると言うだけで,十分わかるだろうに。
「いっつも振り回される」
 あの男がことさら振り回すのはお前だけだよ。
 敢えて言わないのは上越の態度を硬化させる必要性がないからだ。饅頭の包装を解きながら呟く上越を見ながら,そんな風に普通にしてれば性悪なのに,どうして気づかないのかね,といつも通り思う。
 たぶん性悪すぎて,自分がそういう行動をされると気づかないのだろう。
 といってもしゅんとした彼の前髪が首の動きにつられて流れるのを見るのは些か忍びない。饅頭を頬張る仕草とか,うん,やっぱり黙ってても可愛いけどね,と山陽は思う。
 口に出して,あの男に当てられるのが面倒だから言わないけれど。
「言わないの?」
「何を?」
「何だと思ってるの,って」
「言わないよ」
 饅頭の残り半分を乱暴に頬張って,上越はぶっきらぼうに言った。おや,機嫌を損ねたかな,と山陽は上越の動きを見守る。
 もぐもぐ,ごくん。甘い塊を嚥下して,上越は言った。
「……怖いから」
 高速鉄道で一番性格の悪い男が「怖いから」って!
 たまらず山陽はソファーごしに腕を伸ばし,うつむいた上越の黒い髪に手を差し入れる。わしわし,と撫でると,わ,何,と上越が驚いたように言う。
「お前かっわいいよなぁ」
「かわいくないよどーせ」
「そんなところまで可愛いって思われてんだよ」
 敢えて誰に,とは言わなかったけれど,上越が疑うような目でじと,とにらんでくる。髪から手を引いて両手を挙げて降参のポーズを取ると,ため息をついて上越は言った。
「何なんだろうなぁ……」

 向こうはお前のこと好きだし,お前は向こうのこと好きだし,それでいいじゃないの,と言おうか迷ったけれども,おもしろいので黙っておいた。
circular conversation/堂々巡りの話し合い
343踏んだセミさんから「山陽に愚痴る上越」というリクエストをもらったので書いた。正直ただの盛大なのろけになった。後悔も反省もしていない。
20090819


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