どうしようもないふたり

 一人のほうが気が楽だと思うと、いつも夜に来る場所は決まってくる。在来線を見下ろして一人、20番線のホームはだれも来ない。当たり前だ、最後の終電はもう出かけた。電気の消えた車両が止まっていて、在来線はまだ少しばかり動いている。ホームの照明はまだついたままだ。当たり前だが待合に人はもういない。だって、だれももうここに用事はない。
 きっと彼は自分を見つけるだろう。けれども上越は自分から彼のほうへ出向いてやろうとは思えなかった。見つけて欲しいのだ。どこにいるかなんて彼にとって明白でも、それでも自分を見つけるという出来事を彼にして欲しい、そう思うのだ。
 だってまだまだ若いつもりだから、わがままは言える間に。
 彼が名前を変えると聞いたときにそれほどは驚かなかった。車両編成を変えると言うことは、つまりそういうきっかけだと言うことだ。ただ上越ははやてという名前が好きだったからすこしばかり拗ねた。それだけのことだ。
 何もこのタイミングでなくても。もう少し何日か経ってからその情報を公表しても良かったと思う。だって、もし本当にこれであの車両が撤退して、それが自分のほうにお下がりで来たら、何だかお古が誕生日プレゼントのようで、しかもそれに喜んでいる自分がいるなんて。腹が立ってしかるべきなのに。
 ふと手の中に握っていた携帯電話が震えた。着信だった。しかもこのタイミングで東北からなんて許せない。その何もかも知っている風なのも、これで上越の気が済むと彼が見透かしていることも。
「なに」
 無愛想な声を作って出る。たぶんこの無愛想ささえもポーズだと彼は見抜く。それが腹が立つのだと言っても彼はきっと理解しない。きっと、お前は喜んでいるだろう、なんて見透かしてみせる。
『どこにいる』
「お察しの通りだよ」
 だからちゃんと探し出してよね、とは流石に言えない。
 電話の向こうはそれきり沈黙した。だからといって回線は切れないし上越から切るのはなんだかこちらがしびれを切らしたようで嫌だった。すこしだけ耳から携帯を離して見ると時刻は23時57分だった。なるほど、探し出すのにちょうど良い時刻だ。
 在来は未だ仕事をしていた。夜の闇を切り裂いて滑り込んでくる電車が誰かだなんて割とどうでもいいと思う。けれどもぼんやりとするのにその車両の動きは茫洋とした思考を逃がすのにちょうど良かった。滑り込んで、客を降ろし、乗せて、そして滑り出す。一連のなめらかさは見てて心地よい。
 もう一度ひんやりとした機械を耳に押し当てる。少しばかりの息づかいと、階段を上がる音が聞こえた。ああ、もうすぐ見つかってしまう。けれども上越は逃げようとは思わない。
 それじゃあ台無しだ。
「一人で恋してるのって悔しくない?」
「全くだな」
 ベンチの後ろから声がした。携帯を耳から離し、折りたたむ。見えた時刻は2分経っていた。
「君もそう思うの」
「お前の奔放さにはいつも振り回されてばかりだ」
 すっと首の前に手が回される。そのまま後ろ向きに抱き寄せられて得るのが恍惚である自分も、そうやって甘やかす彼も許せない。
 自分が自分でいられない。
 東北は上越の頭越しに自分の腕時計を見ていた。上越もその視線に釣られて東北の腕時計を見た。その短針と長針と秒針が重なる瞬間、東北が耳元で囁いた。
「開業日おめでとう、上越」
 どうしてこの男はこうなのだ!
 たまらず上越は振り向いて東北の首の後ろに腕をかけて引き寄せてくちづけた。
「君といると調子が狂う」
「ほう?」
「なんだかどうしようもない恋をしている気分になる」
 文句を言うと東北は笑って、俺もだ、と言った。
上越上官おめでとう2009。
20091114


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