頻度で言えば彼と東京駅に入線するのは殆ど同時だ。
 夜の八時,ほどほどに乗った人々を田端から順に下ろし,そして順に乗せていく。上野辺りでタイミングが合えば,そのまま彼とは品川まで併走だ。
 その日の在来のミーティングは午後八時一五分に東京駅に集まることになっていた。といっても集まれるものしか来ないので順調に開催されるかは早速危ぶまれていた。高崎などたぶん忘れているか,宇都宮のせいで故意に忘れるか。埼京は東京駅に回ってくるのは手間を掛けるし。運が良ければ武蔵野が京葉に連れられて来るかも知れない,いや,京葉が連れてくることはあり得ないな。
 京浜東北はそうやって頭数を数えてため息をつきながら東京駅の6番線に降り立った。ほどなく山手もけたたましい人形を腕に乗せたまま5番線に降り立った。自分たちが先頭車両に乗るのはたぶん一種癖のようなものだと思う。降りたすぐには自分と山手のカラーリングの施されたシースルーのエレベーターが待ち構えている。
「君は来るよね」
『あったりまえじゃなーい京浜東北』
 たぶんどう考えてもしゃべっているのは本体なのだが,どうも人形を見てしゃべってしまう癖がついてしまった。何年前からこの人形いたっけ,と考えたがどうにもこうにも思い出せない。
 ふと自分の背後,少し上の方を山手が仰いだ。京浜東北はつられない。どうせそこに何がいるかなんてわかっている。回送が入ってきて,これから人を積んで小田原くらいまで行くのだろう。そのタイミングなので今日は彼はミーティングには参加しない。
 別にそれくらいでやさぐれたりはしないけれども。
 山手が先頭車両のさらにその先,従業員通用の柵の方へ歩き出したので,結局京浜東北も7番線を振り仰ぐことなくそれに続いた。自分の左半身に視線が当たっているのはたぶん気のせいだ。
『相変わらずなの?』
「君にデリカシーとか無いわけ?」
『僕にそんなもの求めてるならびっくりだよ!』
「だね」
 太い柱を避けるように左に寄る。柵の向こうから出てきた清掃員に軽い敬礼をすると,向こうも同じ仕草をしてからゴミのカートを押していく。
「自覚させたいのか」
 本体がしゃべったので,驚いて無意識に見ていた人形から顔を上げる。山手の本体は京浜東北は見てはいなかった。7番線を見上げていた。今度はつられて顔を上げそうになった京浜東北に,視線を落として山手が目で問いかける。
「今更,焦ってはいないけど」
 急に何とかなるとも思ってないし。
 京浜東北の言葉を山手は黙って聞いた。ことり,と人形の空洞の体の中に言葉が落ちる音が聞こえるほどの静寂だった。そうしたら小生意気な人形が口を開く。
『協力してあげよっか!』
「え?」
 言うが早いか本体が京浜東北の二の腕をつかんだ。え,と本体に目で問うと,どうせ他に誰もミーティングに来ないだろう,と今更言われた。
 柱の影,柵との間,たまに不埒な客が絡み合う薄暗いスペースは,今日は無人だった。つまり太い柱に隠れ,5番線と6番線のホームの客からは見えない。見えるとしたら7番線の電車の客だが,このタイミングは未だ車内清掃中で客は乗っていないことを,忌々しいことに京浜東北は知っていた。
 その薄暗いスペースにぐい,と引き込まれて,天井のパイプが存外高いところにあることに京浜東北は気づいた。これで,と内回り人形の場に似つかわしくない声が響く。
『僕らから東海道の顔が見えないって事は,東海道から僕らが何してるか見えないわけ☆』
「ああ」
 二の腕を捕まれたまま,見えないという言葉に安堵して京浜東北は7番線を振り仰いだ。少しくすんでしまった211系も,彼が誇りにしていたから京浜東北にとっては誇れる車両なのだ。
「どんな顔してた?」
『見に行けば?』
「やだよ,怒られたくないもの」
『我が侭言っちゃって』
 薄暗いスペースで人形と向かい合って会話をしていると,なんだか山手本体の表情を見るのははばかられた。けれども東海道の表情を見る方がもっとはばかられるので,二の腕を捕まれたままで暫く動かなかった。
 7番線の電車に,乗客が乗り込めるというアナウンスが聞こえた。そうすれば山手が手を離したので,京浜東北も振り向いて乗務員専用の柵へと歩み寄る。それでもやはり7番線を見上げることは出来ない。
『東海道ったらいつまでたっても何もしないんだけど』
 代わりに後ろから山手が声を掛けてくる。
『京浜東北だってじれったいんだもん! 見てられないよね!』
「……そう?」
 悪いね,というと,どうでもいいけどね! と山手の声。その声に後押しされるようにふと7番線を見上げてみたけれども,ちょうど東海道が目線をそらしたらしく,その不機嫌な横顔しか見えなかった。

山手を幸せにするのはたぶん私じゃないと思う。
20091001