「宇都宮に買い物に誘われたよ」
京浜東北が突然言い出したものだから、東海道は思わず噎せた。どういうことか、と目で尋ねても、熱い茶を啜りながらの京浜東北は目線ごと問いかけをシャットアウトする。
「いつ、どこで」
仕方がないので東海道は疑問を口に出した。京浜東北の口元が少しだけうれしそうにふにゃりと笑ったような気がしたけれども定かではなかった。京浜東北の表情の変化は、時々わからない。
「明日、大宮で」
大宮は東海道にとっては完璧に管轄外だ。しかし、きれいになってからずいぶんと充実したんだよ、と京浜東北がうれしそうに言っていたことは知っている。そちらのほうは高崎や宇都宮、それに埼京など、わりと一癖も二癖もある面子がそろっているから、あまり京浜東北がそちらの方へ向かうのは、東海道は好きではない。それを京浜東北が見抜いているかどうかはわからないが。
「何を買いに?」
「聞きたい?」
机の向こうの空色の目がおもしろそうに少しだけ丸められた。その表情をとても可愛らしいと東海道はまじめに思っている。だってあんなに大人びた振る舞いしかしないくせに、東海道の前で甘えるところが、かわいくないわけがない。
けれどもそれがほかの男と、それもよりにもよって宇都宮に誘われたとなると話は全く別だった。有り得てほしくないことだった。東海道はいつも京浜東北に対してそこにいてほしいと思っているのだが、あまりその心境は常々通じていないらしい。
「今日は何日?」
「12月11日?」
「そう、金曜日でしょ」
となると明日は土曜日だ、だからどうしたのだろうと東海道がその心境を尋ねるように目線を送る。年末だなぁ、と言いながら思った。休憩室の二人きりの机越しに、京浜東北は、東海道の手を握りながら、ゆっくりと笑った。
「お買い物デート」
なんて単語だろうと悲しくなった。
それからだいたい、なんだって大宮で、と腹も立ってきた。京浜東北の路線上には文句なしの観光地で買い物スポットである根岸線が乗っている。何もよりにもよって大宮ではなくても良いではないか、そう、東海道から一番遠いところでなくても。
そう思えばなんだか腹も立ってきて、東海道は京浜東北がゆっくりと握ってくる手に指を絡めてじっと目線を捉える。こぼれる声が情けなくないようにどれだけつくろっても、きっと京浜東北にはお見通しだろうけれども、それでもこのまま捨て置けない。
「宇都宮とじゃないと駄目なのか?」
楽しそうな目が一転、京浜東北は東海道の目線に一度驚きで目を見開いた。それから、ふわりと緊張をほどくように、悪巧みのない笑顔を浮かべた。
「駄目、だって選ぶの、君のクリスマスプレゼントなんだもん」
日付とそれから明日が仕事が比較的閑散としていること、その要素と、それから何よりも京浜東北の飾らない笑顔に、思わず東海道は机越しに京浜東北を抱きしめようとしたけれども、するりと立ち上がる京浜東北に躱される。
「まだお預け」
可愛くない仕草まで可愛いのは、たぶんすっかり骨を抜かれているからだ。
20091212