「なぜお前が上なのだ」
「は?」
あぁ見えて甘えん坊の東海道は、山陽の部屋に歯ブラシも置いてあるし、腕は寝
にくいからと枕も置いてある。山陽としても朝起きて、いくら身軽な東海道と言っても、一晩中枕をしていたのでは腕が痺れて使い物にならなくなるからその方が助かる。
それくらいに東海道が山陽の部屋に居つくのは当然になっていて、つまり自室は淋しいのかなぁ、なんて山陽は考えたりする。その淋しい原因が、果たして単にひとりだからなのか、それとも山陽の不在によるものなのか、それは興味があったが、尋ねてもどうせ東海道は可愛くないことしか言わないと目に見えていたので、敢えて聞きはしなかった。
それに目の前の彼の発言である。
「上?」
「上だろう」
「速度が?」
「それはやむを得ない」
「収益?」
「寝言は寝て言え」
「身長?」
「うるさい黙れ」
何が上なのかわからないので山陽が首を傾げても、東海道は諸々を端的な言葉で切って捨てるだけだった。じゃあ何が、と尋ねようと山陽が改めて口を開こうとしたところに、折よく東海道が頭を乗せていた枕が、わぷ、と突撃してきた。
「なぜお前との性交渉は毎度お前が上なのだ!」
性交渉って、と思ったが、東海道の枕が口にジャストフィットしてうまくしゃべれない。
そう、二人はまさしく、これから大人の甘い時間を過ごそうとしていたはずである。それが突然の枕に邪魔をされたものだから、山陽は東海道の意図を探る。
確かに二人が寝るときはいつも東海道が下で山陽が上である。かつて一度、逆を試したこともあるにはあるのだが、お前のようないかついのにいれるとおもうと、と東海道がさも不味いものを食ったような顔をしてからというもの、山陽が上で東海道が下で、というのは公式のようになった事象だと思っていた。
それが唐突に文句を言われたうえ、枕をめり込まれたのではたまらない。
「不満?」
漸く顔から枕が離れたので、山陽はとりあえず尋ねてみた。しかし帰ってきたのは加速のついた枕だった。
「ちょっと東海道、この近距離で投げるのはひきょ」
語尾が切れたのは、東海道の枕についで山陽の枕まで飛んできたからだ。
何なのだ、不満があるならばはっきり言えばいいと思ったが、とりあえず何度も枕投げの対象にされては身がもたない。山陽は一旦身を引き、東海道から距離を取った。彼の手元にまだ枕があるのは不安だったが、至近距離にいるよりは遠距離でぶつけられたほうがなんとかなるに決まっている。
「だーもう東海道、今日はしたくなかったの?」
一定の距離を置いてから少し声を張り上げて尋ねても、飛んで返ってきたのは始めに顔に押しつけられた東海道の柔らかい羽根枕だった。
「そんならしないでいいけど、山陽さんだってお前が部屋に潜り込んできたら期待
するでしょー!」
「恥ずかしいことを叫ぶな夜中だぞ!」
「じゃあ投げるな落ち着けって!」
山陽の制止も虚しく、顔には山陽自身の枕が激突。やわらかな東海道の枕と違い、こちらはそば殻の固い枕。激痛が眉間あたりを駆け抜けた。
何か、これは実力行使でも彼を止めるべきか。少しばかり頭に血の上りかけた山陽が何か怒鳴ろうと言葉を選ぶ間に、東海道からは枕よりずっと破壊力のある言葉が飛んできた。
「なぜお前が上にくると私は喜ぶのだ!」
「えっ?」
東海道さんなんて。
聞き返せなかったのはすなわち、東海道にはたぶん今すごいことを言った自覚がないと分かっているからだ。足下に落ちた枕を二つ手っ取り早く確保してから、その二つを盾にするようにして東海道の方を見やると、想像通りに彼は混乱して赤い顔をしていた。
「屈辱的だと思わんか山陽、目の前に男に乗られて喜ぶなど」
「え、オレはお前が喜んでくれたらうれしいけど」
そりゃまぁ、かわいい恋人がオレに乗られて喜んでくれるなんて。
言おうと思ったけれども、ベッドからすごい剣幕で東海道がにらんでくるので皆までは言えなかった。たぶん東海道の方は絶対にすごいことを言ったという自覚がない。身の回りに投げるものがないのか目線を巡らせる東海道の物騒な視線が自分から逸れた隙に、山陽は呟いた。
「結局したいの?」
東海道の顔がもう一度赤くなる。
き、とこちらをにらみつけたかと思うと、東海道はベッドから降りてつかつかと歩み寄ってきた。やばいなぁ、枕じゃ武器にならないな、と思っている山陽の目の前で、東海道は足を止める。
それから山陽が片腕ずつに握りしめていた枕を、片方ずつたたき落とす。東海道の羽根枕の方から、羽根がほわんと舞った。ああ、買い換え時か、と山陽は少し遠い目をして思う。
そうして丸腰になって東海道と向き合う。自分が規格外の大きさなのが悪いのだが、こうしてみると東海道のサイズは愛らしくてたまらない、とこのタイミングで話したら、たぶん殴られるだけでは済まないのだろうな、と思った。
東海道は徐に山陽の肩をぎしりと掴み、それから腕にありったけの力を込めてだろう、背後にあったソファーに山陽の体を放り投げた。少しは覚悟をしていたので踏みとどまったものの、結局膝をソファーの座面に取られてふんぞり返るように座る羽目になる。全く予期しない形で、だが。
「今日は、私が、上だからな!」
のし、と膝の上に乗ってくる東海道は、分かっているのだろうか。
「……了解」
別に下からでも、山陽の立場からやろうと思っていることは出来ると言うこと。むしろ座って向かい合ってやる姿勢なんて、燃えるじゃない、と山陽が内心でほくそ笑んでいること。
下ネタ担当の山崎アリスと申します(しれっと目をそらす)
20091106
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