ブレックファストは高級感重視で

 新大阪駅で彼は眼鏡を掛けたまま新聞を読んでいた。手元には薄い珈琲、朝起きたときに彼が手軽に入れる、電気ポットで作る薄いインスタント珈琲だ。自分がこれから差しだそうとしているものに対して相応しい飲料ではないが、だからといって始業前にそんなにゆっくりと飲み物を用意してやる気力なんて東海道は持ち合わせていない。
「山陽」
「なにー」
 新聞から顔を上げない彼がなんの記事を読んでいるのかは知らない。割と全ての記事を斜めに読む彼は新聞を読むのに存外時間を費やす。テレビのニュースのトピックスを見るだけの東海道よりは深い情報を得ているが、そのぶん時間がかかって東海道は非効率だと思う。
 だが別にそれを邪魔したいわけではない。
「これを」
「ん?」
 これ、と言われて何か分からなかったのか、漸く山陽は顔を上げた。それから、新聞の隙間から差し出されたチョコレートを見て、ああ、と声を出した。
「今日15日ってことか」
「1日遅れだが」
「どうせデパートのワゴンでしょ」
 図星を指されて東海道は黙り込んだ。なおかつ正直なところそれの何が悪いのか分かっていない。当日だって日曜日でそれほど暇だったわけではないので、そこで東海道が山陽に対してきちんと贈り物をすると、彼が期待しているわけでもないだろうと言うことは分かっているのだが。
「良いの、東海道はそういう性格なんだから」
 黙り込んでしまった東海道を見て、山陽は仕方なさそうに笑った。その表情が仕方なさそうなことが既に甘やかされている証拠で、普段なら吠えてかかりたいところだけれども、些か的確ではないという自覚はあるので、何も言えないままだった。
 新聞を漸く折りたたんで机に置くと、山陽は東海道の頭に手を伸ばし、まるで小さな子どもにするようによしよしと撫でた。以前、新大阪駅で迷子になった少年に対して、同じ仕草をした彼を見たことがあったような気がした。
「私は迷子か?」
「さあ」
 山陽は笑うと、机の上に置かれたチョコレートを引き取ってくれた。
 眼鏡を掛けたまま新聞を読んでいた表情がゆるむのを、なぜか東海道は看過できなかった。安定の良くないパイプ椅子に座っていた山陽の隣に回り込むと、包装紙を剥きかけていたその手元に、ぐっと手を掛けた。
「何、開けちゃダメなの」
「朝食だからな!」
「は?」
 山陽は驚いた顔を隠さない。
 だがそもそも彼が朝食を食べる習慣がないのは怠慢だ。
「糖分の固まりだ! 朝食に適しているだろう! 別にバレンタインの贈り物というわけではない!」
 何を言っているか自分で分からなくて、山陽も少し呆れて笑った。そのげっそりとした表情が、眼鏡を乗せているだけで、なおさらずるくなる。
「食いきるまで監視していてやる!」
 苦笑いする彼は、まだ本気で東海道が、その包装にくるまったトリュフを全て食べきるまで山陽をゆるすつもりがないことをたぶん知らない。
20100214擬人化王国3無料配布を再録
20100215


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