冷えた爪先をベッドの上で不意に握られたとき、なぜか逃げ場を奪われたのだと直感した。暖かくして寝てるのか、と聞かれ、それまでの会話と別の声音で、はい、と小さな声で返事をするしかできない。借りてきた猫みたいな声を聞いた東海道が笑ったからつい憤慨して言う、君がいない夜なんて意味がない。
(青鉄じゅにけ、寒い冬にリア充!)

思うに人には弱い色がある。条件反射のように誰かを思い起こさざるを得ないような衝動が備わっている。京浜東北には黒だった。万人の持ち合わせるどんな黒より彼の色は艶やかで真っ直ぐだった。忘れたくないと念じるように思う。終わりのない時間のなか、彼の黒い目が間違いなく見た空になりたかった。
(青鉄じゅにけ)

好きな人、質問をなぞる声は幼い。この声を今の彼は持たない。だからこそ冷静を装える。他の方を好くなんて考えたことはないです、という理想的な答えは、幼い彼が用意できる本音なのだろうか。そんなことが聞きたいんじゃない、言える理性は夢の中にはなく、目の前で笑う彼はまた、夢か願いか、幻か。
(きっと大正じゅにけ)

何処へこの思いを吐き出せばいいのだろう、心臓から鳩尾に至るまで身体が熱くなって、好きだ、しか思えなくなる。こんな馬鹿に仕立て上げてくれた人のことを恨むことも出来ない。絶対無二、貴方がいて僕がいる。煙に煤けた指先を見遣る。名前も呼べない、呼んだら最後、貴方が腕を伸ばしてくれるから。
(たぶん大正じゅにけ)

交わした眼差しはほんの一瞬、気のせいかと紛う程のあいだ。振り向けば、いつだって京浜東北を抜き去って行ってしまう人が、自分を見ていた。項に汗が流れるのは、紛れもない歓喜。何も変わらなくて良いと思い続けていたこの恋、初めての衝動に耽る。彼が振り返る度、恋は幾度も、繰り返し始まるのだ。
(「夜の高架下」「耽る」「汗」でじゅにけ)

人が集散する場所には、人を貪る何かがいる。響いた緊急サイレンが頭から離れない。見下ろした線路に生の気配はなく、レールの振動に慣れた体は静物をそれとしか捉えない。拙いなぁと思って空を仰げば暗い雲、雨の月曜日、それでも駅に人は群れ、誰かの名を呼ぶこともできない京浜東北は走るしかない。
(「早朝の動物園」「貪る」「雲」でじゅにけ)

東から低い角度で差し込む光の目映さに、耐えかねて目を細めた。見下ろせば七番線、大量の客を乗せた車両が鈍い音を響かせる。彼らが今日出会う全ては、東海道という足があってのことだ。彼のことを思えば、心が潤み、今日も生きられる。まるで手品みたいに種も仕掛けもなく、彼は自分の心を奪い去る。
(「朝の会議室」「出会う」「手品」で本線京浜)

線路で項垂れる紫陽花と同じ角度で京浜東北も俯いた。梅雨の合間の快晴は、詰襟の喉仏を、見えない湿った熱線で締め上げる。本屋の軒先で気分が悪いなぁとちらりと線路を見れば、知らん顔の踊り子が駆け抜ける。来るべき季節にも、過ぎ去った季節にも、彼は何時も愛されると知る景色。今年も夏が来る。
(「朝の書店」「愛される」、「紫陽花」で本線京浜)

東海道の無くした道は多いものだ。いつか彼に電化線を譲って線路を潰したあの日、鵲の渡した橋を落とせばどうなるのかなと彼は言った。空色の目に宿す光は夜の星と裏腹の茫洋とした明るさで、東海道は目を背けた。まるで約束を破るのが当たり前のように嘘をつけた。「それでも二人は会いに行くんだよ」
(「昼の橋」「約束を破る」「星」で本線京浜)

強かに酔ったのは恋の夢、横切る橙を数えるほど罪は増える。流行の恋愛小説には振り回されなくても、そこに君の名前を当てはめて「しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか。」口に出せばそれだけしっくりくる。七番線は電車が途切れない。君は僕を見ない。春だから、少し可笑しいだけだ。
(じゅにけ。得意の東京駅、桜の前の季節って人が狂うよね)

彼は兄なんかじゃない、京浜は口にせず、奥歯を噛む。自分がこんなに強く心引かれる理由が兄を恋う気持ちなら、それはかえってどれだけ背徳的なものか。まるで神に祈るかのようだが、それにしては俗っぽい願いを持ち合わせた自分はほんとうに下賤。妹として笑うのは、兄を兄なんて扱えないからなのに。
(東海道本線京浜東北線、兄さんの日)

差し伸べた手を息を切らした彼が跳ね退ける。大丈夫です、と薄い声で、喧噪と新たな駅の焦燥にまみれながら、空色の目に痛いほどの緊張をぴんと張って。新しい施設ならば付き物の故障すら自分一人で飲み込んで、東海道さんは楽になさって、拒絶しか知らない若さの、まさしく生まれた、凍える日だった。
(本線京浜、京浜線開業日)

これが本気の恋なら、あまりに哀れでどうしようもなかった。人気のない線路沿い、フェンスを掴んで行き交う電車の音を聞き、思うことはただ一つ、一度でいい、彼の全てになりたい。激情に流されない男のことを好きになったのは、自分だった。滑稽な切なさが足を踏み出し、あの線路に飛び込む夢を見た。
(本線京浜、大森くらい)

茫洋とした不安に苛まれるのはどちらかと言えば女の仕事であり、だから体が突然やわらかくふくらんだ今の自分にはふさわしいのかもしれない。いつもより一回り余る制服の袖を、折れば悪目立ちする。袖に隠れる手の甲を握りあわす。秘密を共有したいひとは、ここにはいない。指を組めば手は小さい。
(本線京浜、女体化習作)

好き嫌いが多いと大変でしょ、宇都宮は笑う。好き嫌いがあってもそれを表に出さなければわからないよ、と返すと、彼は笑ったまま首を捻る。君はよくわかるけどな、そんなに僕を邪険にして? 君を邪険にしてるんじゃなくて、あっちを特別に扱ってるだけ。言わないのは、どうせ彼が一番知っているから。
(東海道本線×京浜東北)

仰ぐ空はどこまでも遠く広い。何もない、自分も要らない。轟々と音を立てて走る車両、隣に立つ彼のことを見ることすらままならない。この恋の首を絞めて殺してくれたらいいのに、可憐に咲く花を摘むように首を落としてくれたらいいのに、ただそこにいる彼を切望するだけで、そう、恋は加速するばかり。
(東海道本線×京浜東北)

ひんやり冷えた胃に彼の優しさが沁みる。コンソメスープを自分のために作ってくれる東海道が可笑しい。電気ケトルも粉末スープもある時代だ。彼だってそんなものを作ることが出来ると知っていても、「ほらよ」「ありがと」あの日にお揃いで買ったマグカップ、彼の背中、幸せを実感するのが秋の夜長だ。
(東海道本線×京浜東北)

恋の前に理性は意味を持たない。だから適切な距離を取ろうとじりじり一歩ずつ引く。君にそんな僕の思惑は通じない。何で逃げるんだ、君が近付くからだよ!そうか。容赦のない黒い目が僕の目の前にまた一歩。いつか僕の存在が台無しになるくらい君は眩しいから、僕は息を吐き君の名を呼ぶ。東海道、と。
(東海道本線×京浜東北)

恋が指からすり抜ける。伝えたい言葉と裏腹な態度。君の周りにいる美しい全てのものに適わない僕は、背を向けて本音を縫って塞ぐ。面倒だねぇと薄笑いの声、早く君だけの王子様に迎えに来てもらいなよ。どうやって、尋ねる先の彼の制服の色は君と同じ。簡単な一言さ、なんてよくも言ってくれるものだ。
(東海道×京浜東北←宇都宮→高崎、大宮駅)

今日の月、怖い。おかしいことしちゃいそう。らしくないことを言って、彼は東京駅のホームで身震いする。何をするんだ、尋ねたら彼が俺を見る。籠絡は彼の手の内だ。君が好きすぎて怖いから、突き落とそうかなって。本音を拙く隠す空色が白く光る月を映す。ああ、確かに怖い、この空から逃れるなんて。
(東海道×京浜東北、中秋の名月)

秋の澄んだ空気、直線、遮るもののない線路は、遠くまで見渡せる。彼が電化線を引いたこの直線は、いまでもふたりだけの並走区間だ。自分の髪を煽り巻き上げる特急車両。一度君も大森で降りてみればいい、京浜東北は呟く。君と僕しかいないこの視界を見たら、君だって僕が君に恋をした理由がわかるよ。
(東海道×京浜東北、基本の川崎−品川間)

恋みたいな情熱的な衝動、僕にはないよ。笑う眼鏡の奥の空色がいっそ憎い。彼は正論を吐き、諦められない自分は愚かだ。徒に笑う薄い口元を食い破ることを考えても、結局東海道もそんな衝動は持たない。ただそれなら、この甘い毒を、どう受け止めればいい。聞きながら、壁と腕で、彼を閉じこめるだけ。
(JK。国鉄時代くらい、昭和こういうの出したい)

夏には一度この屋上で抱き寄せられた。名前を呼ばれて振り返る人にはもう届かない。彼は髪を切った。詰襟の制服は彼の輪郭を上手く隠した。あの熱を未だ夢見ることを、笑顔で隠しきれるだろうか。そこにあるのはあの茹だるような熱の立ち上る夏、めくるめく季節の中に残してきた手探りの夢も溶ける夏。
(東海道京浜、大正本のあと<要はくっつけなかったあと>の昭和国鉄時代)

宇都宮の笑顔を睨む目に力が入らない。ごめーんと謝る彼を前に、眼鏡を外そうと弦に手を掛けるが、被ったヨーグルトパフェが指に付いて顔をしかめた。と、東海道の手が伸びて、眼鏡を外し白濁塗れの京浜東北の指を舐める。そんな無防備な顔、と言う彼の甘さに、宇都宮より先に馬鹿じゃないのと呟いた。
(某ロイホにて、ヨーグルトパフェを目の前にジェバンニ)

手を取る。薄暗い照明に照らされ、眼鏡を外していて、沢山の古傷は暈けてひとつも確認できない。彼を象徴する節くれ立ったがさつく手。寝ないのか、聞かれて首を振る。明かりを落とす。彼の手を離せない。目を瞑って感触を確かめる。落ち着くか、聞かれて頷くと、彼が耳元で笑う。おやすみ、良い夢を。
(東海道京浜。ねぼけーくん)

聡過ぎて先回りする相手は好きになれない。言うと宇都宮は、僕も君のこと嫌い、と残念さの欠片もない顔で笑う。じゃあ鈍いのが好きかと聞くと首を横に振り、僕は君より趣味が悪いと笑う。その宇都宮が視線を送っただけで、高崎は、どうした、とか宇都宮に聞いていて。ほんと、御馳走様だよね、東海道。
(じゅにけ+うったか、けーくんとうっさんの仲が悪いのに萌えた)

ふと肩に掛けられた洋風の外衣に京浜は東海道の黒い目を見た。襟巻きをした京浜に比して黒い着物のみの彼の方がよほど肩が冷えそうだ。「東海道さんこそ」「お前が白を着ると俺の肩まで冷える」早口で言い切る彼に京浜の健康以外の視点がないことを知っている。だから京浜は東海道のことが大切なのだ。
(2000ツイート大正じゅにけ、TDLのホーンテッドマンションの女性スタッフのケープだとかそんなことは。SSに起こしたい)

「京浜東北、それ」「ん」宇都宮の手が伸びて、京浜東北の読んでいた本を奪っていく。手が空いたので机上の同じような装丁の本を手に取る。「デザート作ったら東海道驚くかな」「彼舌肥えてるんでしょ、大丈夫?」「僕が作ったものならたぶん大丈夫」、笑う二人の手元には「作ってあげたい彼ごはん」。
(1999ツイートじゅにけ+うったか、ちゃんとSSに起こしたい)

「京浜」呼ばれて首を傾げて振り返る。東海道の顔が赤いから意図を解せない。「どうしたの?」「久々に呼びたくなった」呼ばれて気づく、もうその名前はずっと昔に置いてきたという事実。傍若無人に延びる線路を跨ぐ歩道橋の上で、点検をする作業員を見守りながら、日差しと共に時が止まるのを感じた。
(1997ツイートじゅにけー、大森辺りで)