※宝飾品職人東北,吸血鬼上越パラレル。別CPでまで続いたけどやっぱり設定考証はちゃんとしていない
最近はあんまりご飯が食べれないね,と先に言ったのは山陽だった。それに対して上越は首をかしげた。二人とも普通の人間を装って降りた人里で買ったコートを羽織っていた。いつもここで性格が出る。山陽は白とか赤とかを着るのが好きだ。いまも白いコートに赤いストールを巻いている。対して上越は黒いコートを好んで着る。性格の問題だ,とまた思った。
「あの,飛び道具」
「ああ」
銃というものができて長い。あの人の腕の長さより長い金属の固まりから放たれる弾丸のスピードは,いくら純然たる人間ではない自分たちにとっても少し厳しいものがあった。
あれのせいで山陽や上越のように森に潜んで暮らしている吸血鬼がおこぼれにあやかれる回数は淡々と減っている。以前は,人一人を殺すまで行かなくても,あるいは吸血鬼にしてしまうような毒を送り込まなくても,それなりに血をいただけていたのだから。
山陽と違ってその意味ではその性質を色濃く残している吸血鬼である上越は,必要があれば人間を自分の側に引きずり込むことができる。だから少し開き直って山陽よりたくさん血をすすっている。
「必要なら分けてあげるよ」
「いらないよ」
コートを寛げて言うけれども,山陽は苦笑いを浮かべただけだった。そうだね,君はそう言うと思った。わざわざ血を流して食わせてやる趣味もない上越は,じゃあ,と話していた場を飛び去る。
「どこいくの」
「かわいそうな仲間のために,えさ探してくる」
上越には最近当たりをつけている男がいた。
森の中のひときわいろづいた石のある区画がある。その男は,夜な夜な堅い錐でそのいろづいた石を集めて帰るのだ。山陽ほどではないけれど,それなりにやっかいごとに巻き込まれるのがいやで下調べをする上越は,その男にはつきそいもなく,いつもひとりでくるという事実を知っていた。
上越はその石の価値をよくわかっていない。貴族のつけている宝石になり損なった色だと思っている程度だ。けれどもわざわざその男が集めに来ると言うことは必要なのだろう。上越にとって興味があるのはその男の血は甘いかと言うことだ。
(来た)
思わず唇を舐める。
短い髪はその男の特徴だ。ただでさえ暗い森の夜,夜色のコートを翻す上越の存在に,いつも通り男は気づいていない。いつもは崖の上や木の上から男を見下ろしているのだけれども,今日はじめて同じ地平に降り立った。
足音を殺して近づく。わざわざ恐怖を味わせてやるのは面倒だった。単純に後ろからがぶり,それで仕舞いだ。抵抗は予測できても,爪は伸ばしたり縮めたりできる。どうにかなるだろう。
三歩。
男は振り向かない。
二歩。
恣意的に爪を伸ばす。
一歩。
口を開く。犬歯が尖っているのを舌でつついて確認する。そしてまるで覆い被さるように男の背中に抱きつくように,その首筋に牙を立てる。石を探すことに集中しすぎてまるで上越の気配に気づかなかったらしい男は,低い声でうめいた。いい声だな,と上越はぼんやり思った。
そのときには牙が肩の血管に食い込んでいたけれど。
(甘い)
上越の舌を,喉を,恍惚が嚥下する。山陽ではないけれども,なるべく殺さずに,男をそのままにしてやりたいという気持ちのあるにはある。それは山陽のような慈悲ではなくて,単に面倒嫌いのなせる業だけれども。
いずれにしたって上越だってリスクは負うけれどもなにもこの男をひと思いに殺したいわけではなくて,ある程度,それこそ男が気絶はするけれども毒を送り込まない程度にして切り上げるつもりだったのだ。
それが。
(!?)
恍惚ついでに後ろから首筋に当てた手に,何らかの金属が触れた。その瞬間上越の方がひどい勢いで力が抜けた。そんなの,心当たりがある。むしろ一つしかない。
やばい。
山陽ほどではないにしても上越も時代のせいで本調子ではない。そこに吸血鬼の天敵のような,銀,あの忌々しい金属に触れてしまっては一発でしびれるに決まっている。
食い込んでいた犬歯が抜ける。地面にふわりと崩れ落ちる感触。せめて山陽が気づかないようにと強く願った。もしこれで共倒れになろうものならば一生自分が山陽を恨んでやる。山陽が恨むべき立場でもそんなことを考えてしまうのは性格の問題だ。
「おい,大丈夫か」
大丈夫かとか聞かないでよ血吸われたくせに。
いい声だ,と思った直感は当たらずとも遠からず,けれども上越はそのまま意識を失った。
(それがいまじゃ)
上越は頬杖をついて東北の作業を見守る。
人間に救われるなんて思ってはいなかったけれども,それ以来男の身の回りから銀はきれいに取り払われた。仕事の関係で銀を扱うときには,上越がきちんと東北から自衛のために離れる。それから山陽と会いたいときにも東北から離れる。けれどもそれ以外は,いつだって東北のそばにいようとしてしまう。
東北の住まいは村の外れにある工房だった。町中に工房を設けない理由は,ひとつはそれこそ上越が潜んでいたような森の中に材料を採りに行くことが多いからだろうけれども,それ以外の理由は知りたくなかった。だって,もしその話の中に嫉妬する材料があったら見苦しい。
東北は上越の薄っぺらい身の上話を聞いて,言ったのだ。
「殺さない程度にならばいつでも血を吸いに来い」
「どうして」
「銀で殺しかけた贖罪だ」
「そんなの僕だって君から血を」
「お前が生きるために必要ならばそれで理由は十分だ」
それからずっと,ここに。
山陽はおかしそうに笑っていた。ついに上越様も年貢の納め時か,って。その顔面が蒼白で,爪なども少し割れたり痛んだりしているのも気になるけれども,長年連れ添った相棒を放置して,それ以上に今は自分がこんなに振り回されることの意味がわからなかった。
手元をじっと見つめる上越を東北が気に掛けることはない。当たり前だ,彼は仕事中だ。彼の仕事は金属と石を合わせることで,宝飾品職人が本業だと名乗っているが,たぶん武器職人の副業が実質的に本業なのではないだろうか。ただ,東北は宝飾品職人と名乗りたいだろうから,そのままでいいと上越は思う。
東北がなんだかわからない表面のざらざらした紙(やすり,と言うそうだ)や錐や何かを作って,森の中から運び出した曇った石を磨いていくと,中からいままで拝んだどんな貴族の宝飾品に収まっているよりもきれいな宝石がいつも現れる。
ためしに上越は言ってみた。
「そんなきらきらした石はじめてみた」
「お前は相当目が肥えている。いいモノを見てきているのだろう」
「君が磨いたらひびだらけの原石がきらきらするんだもの」
言えば,東北は作業を中断して上越の方へと一歩歩み寄ってきた。いまじゃ血だけではなくて,もっといろいろなものを与えようとする東北を,拒絶しなければならない上越が,いやだ,の一点張りで拒絶することの大変さを彼は絶対に知っている。
「知っているのに押し切ろうとしないで欲しいんだけど」
「俺が必要なくせに何故拒絶する」
「種族差?」
笑えば東北は苦々しく唇をかむ。そんな顔をさせたいわけではない。口の中を巡る吸血鬼の毒は,この男の血の味を知ってからきっとずっと甘くなってしまったのに。
いまはもう,彼と歩むべき生ける年の差を恐れている。
吸血鬼東北上越のなれそめなど。やっぱり続くんだよね
20090811
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