※吸血鬼三本目。前の作品を読んだ方が分かりやすい不親切設計ですいません……
「貰ったの」
山陽は上越の言葉を聞いて面白そうな顔をした。上越は言いながら確かにこれは面白い出来事だと理解した。
「作ってもらったの?」
「うん」
「似合ってるよ」
「ありがと」
上越は山陽に対して虚勢を張ることに意味を見いだしはしないから,山陽に対しては至って良い子,なのだ。
自分たちの天敵の金属は,たぶん含有されていない。ということは,良く磨かれた鉄か,銅か,金か,白金か。けれども金属に色味がないことと,わざわざ上越に送るとなれば,惜しまない,で作ったのだろう。受け取った瞬間から,上越はもう理解をしていた。
「プラチナの台座にピジョンブラッドのルビーねえ」
「どこぞの隣国の貴族の発注品の余り,だって」
「どうせ嘘でしょ,こんなのただの材料の余りじゃ作れないよ」
「やっぱりそう思う?」
尋ねて笑いながら,その実余り上越はいつもの愉快そうな笑いだけを浮かべているのではなかった。山陽も上越の表情を面白そうに見ながら,どこか心配しているのが顔の隅々から伺える。
「愛されてるね」
そう言って。
上越の右の薬指にはまった指輪を改めて山陽はまじまじと見る。上越だって,東北が上越に赤い指輪を送る意味を,おそらく正確に解してはいる。けれども怖いのだ。これから先どうなるかも分からず,生きていけるか,まだ何年もの永遠を生きなければならない自分が,東北の指輪を受け取る意味が。
「愛なんて,許されるのかな」
「上越らしくない」
不安をこぼすと山陽は明るい笑顔を見せて顔を上げた。少しずつ,十字架に慣れてきたという彼。少しずつ,人にほだされている自分。
「今まで何人誑かしてきたの?」
「さぁ?」
「今回は本気なの?」
「本気になんかなれっこないじゃない」
過去に重ねてきた罪に足を攫われているとは思わない。けれども未来に踏み出すことに足がすくんでいるのは間違いない。
いつも通り工房に入り浸って,今日は気が向いたから,と東北の食事を作ってやっていた。血は主食にして必需品だが,他の食料を喉に通すことが出来ないわけではない。
東北は上越の味付けを薄いとか文句を言うけれど,けれど旨い,と付け加えるのをいつも忘れない。だから上越もほだされて,たまに東北に食事を作ってやったりする。その出来事がばかげている一連の関係性を助長していると分かっていても,それでもやめられないのは,少しならず東北に負うところが大きいと,自分でも理解しているからだ。
「上越」
ふと呼ばれた。
「何,あと3分したら食べれるけど?」
「わかった」
振り向かずに答える。作業中の東北がちょうど一段落つけたのだろう。背後の食卓に椅子を引いて座る音がしたから,即座の用事ではないと判断して上越は調理を続ける。予め出しておいた食器に盛りつけて,食卓に運んで,そして上越はぎょっとした。
「何の冗談?」
上越がいつも座る席に,指輪。見慣れた東北の手による作品であることは,東北の作品を見慣れた上越にはすぐ理解できた。
「余り物で申し訳ないが,素材がお前の指に良いだけ余ったから作った」
とにかく割ったり落としたりしてしまわないように食器を食卓に置いてから,上越は赤い石のついた指輪を見やる。長く生きてきた自分にも,良い素材を使っていることはわかる。石は研磨して輝きを得るのだと知ったのは東北の手を見るようになってからだった。
指輪を回収され,何,と問われる前に東北が上越の手を取ろうとする。左手を取ろうとするその仕草を察して,とっさに上越が出来たのは右手を差し出すことだった。
東北はそれには逆らわず右手をとり,静かに指輪を通す。いつの間に指輪のサイズを測ったのかと問いたいほどしっくりはまる指輪,一度上越が指輪をはめた手を上にかざしてから,もう一度東北を見ると,滅多に見せない柔らかい表情をしていて,そして上越は意味を察した。
けれどその意味には何も触れないで,ただ,ありがとう,とだけ告げた。
「そこまで許されてるなら本気で噛めばいいのに」
山陽が余りにあっけらかんと言うので,上越はもはや怒り出したい気分だった。けれども今怒られるべきなのは山陽ではなくて上越だと分かっているので,おとなしく黙っておいた。
「東北にこの長い命を共に歩んでもらえって?」
「それが許されてるだけしあわせだろ?」
「君だって」
言い縋ったところで山陽がその唇に人差し指を当てる。山陽だっていつも報われない選択肢ばっかり,と言ってやりたかった。今回だって,なんでわざわざ,神職者に。けれども,山陽がそれ以上を告げることを許さなかったので,おとなしくそうしてやった。
「僕は別に自分がこんな種族だからつらいと思ったことはないよ」
代わりに告げる。何を言い出すのか,と言う表情で上越を見やる山陽に,聞いて欲しいような聞いて欲しくないような心地で,続きを告げた。
「ただ,東北を巻き込むのは,したくないだけ」
「本気なんじゃないの?」
「本気になんかなれっこないってば」
「そう言ってる時点で本気だよ」
肩をすくめる山陽に言い返す言葉もない。
分かってはいるけれど,上越はぼんやり赤い指輪を見やった。誑かした相手より,何より,彼が何かを失うことを忌避しようとする自分なんて,まるで溺れてどうしようもないではないか。
うじうじ悩む上越って可愛いですよね。と言う名の言い訳。
20090821
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