「なんでそんな綺麗なものを作るの?」
上越が東北の手元を見ながら尋ねたのは、暇だったからだ。大抵ひとから血を頂く際に、些かの金品を分けて頂いて生活をしてきた上越の人生は、東北というひとりの人間の庇護を受けるようになって随分と変わった。
明るいところで体が消えると言うことは別にないのだが、ふらふらとしているのは具合が良いわけではない。だから東北の家に引きこもるのだ。
東北の作業場は窓際に大きな明かり窓を取って、さらに鏡でその光を強くしたりしているが、奥の方はひんやりと暗く上越に過ごしやすかった。
その床に座ってぼんやりと彼の手元を見ていたら、ある日気付いたら椅子が置かれてあった。上越の吸血のペースをとっくに見抜いている東北は、何時かに一度立ち上がって上越の目の前で襟元をくつろげてくれる。
言わば飼われている状態だがそれにしたって、少々外見に秀でていようが、上越は男性が愛玩用に飼うのには些か問題がある生き物だと思う。その理由については追及することを諦め始めた。どうせ内容を聞かされて、辛くなる可能性があるのはこちらだ。
「なんで、か」
今日はもう日が暮れてきて、東北は鏡を伏せる。窓から差す日も和らげば、上越は漸く東北に近づける。生計を立てるために作っている武器とはまるで別、こんな時勢に誰が所望するのか量りかねる美しく盛りつけられた宝石たち。
歩み寄って眺めた東北の手元も、もう今日は休もうとしていた。昼間の明るい時間帯にしかものを作れないから、夜に材料を集めに行くと彼から聞いたときには、呆れたものだった。夜の森がいかに恐ろしいかは、その住人である自分がよく分かっているのに。
ほんとうは一番明るい日の光のもとで見てあげたいのだけれども、そうすると自分の血の気が一度にざっと引くらしい。東北は太陽が真上にいるときに、上越が起きていることをほんとうは嫌った。
(大切にばっかり)
今回の依頼主は知らないが、ティアラをつくっているあたりきっと女性だろう。
上越はいまさらそんなことを嫉妬したいとは思わない。
思わないけれども、ずっと山のなか、それなりに身を繕いながら生きてきたけれどもあくまで異形の吸血鬼に過ぎない自分と、こんなうつくしい人間の道具を作っている東北がおなじ部屋に暮らしているという違和感を、いまでもぬぐえないのだ。
自分はこうやって生まれてきた以上、この生き様を否定するわけにはいかないし、このままでいいと思っていたはずだった。けれども東北一人が自分のありかたを否定する。彼はいまも、もうさほど強くはない夕日に背を向けて、上越に影を作ってくれている。
「端的に言えば、家業だったからだが」
東北の言ったことはある意味おもしろみも何もない返答だった。職人になろうと思えば、職人の息子だったと考えるのがふつうだ。村はずれにこんな立派な作業場を構えている辺り、一代で成功したとはやはり思えない。
それならば逆にまるで街中に出ることもなく、ずっとこの山の中に作業場に引きこもって、たまに商品を引き取りに来る商人以外とも碌に会わないこの男の生態は逆に読めたものではない。知りたいし、知りたくない。
(彼を取り囲むものなんて)
(僕だけいたら、って思うんだよねぇ)
「美しいものに、美しいものを合わせるのは」
彼は手元にあった作りかけのティアラをそっと持ち上げた。まだこれからいくつか石を埋める台座が残っているが、中央の貴石は既にはまっている。上越には未だこの先このティアラがどう仕上がるのか分からないけれども、それを自分の目の前に掲げる東北には見えているのだろうか。
ちょうど彼の目よりも少しうえ、上越の額あたりにティアラを当てて、東北は、ほんとうにうっすらと、笑った。
「楽しいだろう?」
東北の作ったものなんて上越からは手元に近すぎて見えなかったし、彼がどんなものを作ったってそれはどこかの令嬢の手元へいってしまう。分かっている、分かっているのに、東北の言っていることとやっていることのかみ合わせがひどく自分を動揺させる。
(僕は、綺麗でも何でもない)
「上越」
ティアラを外して机の上に戻す頃には、東北の笑みもとっくに消えていた。それでも上越ばっかり動揺している。ばくばくと体の中をめぐる何かに耐えられない。
「僕、帰る」
「待て」
「なに」
「今夜は月が綺麗だから鉱石を集めに行きたい、付き合え」
(ああ、強いて言うならば番犬)
言いながら東北は夜の散歩に備えてだろう、襟元をくつろげて作業ナイフで無造作に皮膚を開く。そんなことをしたら吸い寄せられると、彼は分かっているのに。上越が逆らえないように着々と場面を整えていく。
(いつか、主人を食い殺す)
自分の喉が勝手に鳴る。犬歯が勝手に伸びる。あとは彼が口元に持ってくる傷口を、欲望のままに吸い上げるままだ。まるで、貪欲な女が男にそうするようにひどい痣を残すように吸い上げて。
毒を流し込めば幸せになるかも知れないと思って、やめる。
「ねえ東北、馬鹿だね」
言えるのは、精々それだけだった。
久々に書いたらこのシリーズ面白くて転がりそうになった。もうちょっと書きたいよー
20100820
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