02 カワセミ
「……ふん,そう言う事」
気に食わないところは多々あるが,自分が思いついた事でもあるし乗ってやる事にしよう。
乱れた着衣を適当に直しながらふっと視線を外したところで,ネコミミをぴんと立たせている東海道と目が合った。
おや,と思ってざっと観察してみると,顔が赤いし心なしかその背後で揺れている自分の尻にも付いているものが総毛立っている。ははあ,なるほど,と口元を歪ませて大股で近付くと,果たしてそれがどんな風に見えてしまったのか,びくりと東海道が肩を揺らして上越を見上げた。
「じょ,……上越?」
「ごめんね東海道,山陽は東海道のだもんねえ?」
嫉妬しちゃったんだよね,と言いながら腕を伸ばす。ひ,と言いながら身を竦ませる以上は逃げる素振りもなく,東海道の体はあっさりと上越に絡め取られた。
「そのような事など!」
「はいはい,ま,僕のせいでもないけど」
ここまでの速度になると反射だろう,がなり立てる東海道の声を聞き流して制服の隙間からひょこりと出ている尾を掴む。出来るだけ優しく,そうと分かるように,ゆっくりと。
「ひ,」
東海道の背筋がぞわぞわと震えるのが,その着込んだ制服の上からでも分かる。自分が触られていると気が回らないものだが,なるほど,ここまで過剰な反応になると確かに面白い。
ふさふさと指先に心地いい尾の先を撫でながら背後に回る。支える腰は自分より細くて,なぜだかそれが少し上越の心をざわつかせた。羨ましい,なんて思う自分はどこかがおかしいんだろうか。
「かっわいいなぁ,東海道は」
ふふ,と口の中で笑みを転がして,その尾を彼の顔の前へと持って揺らしてみせる。竦ませたままの肩は状況に追いつけないのかもう震えておらず,目が自然とその細く黒い毛の束を追っているのが愉快だった。
悪戯心と言うよりもただ純粋に加虐心が沸いて,肩から回り込むように東海道の顔を見つめながら尾を咥えてみる。丁度ついさっき山陽が自分にやってみせたように軽く歯を立てて甘噛みしてやると,ざっと東海道の頬が一気に赤みを増した。抱いている腰から下が震えて,上越の掌に細かな振動を送ってくる。
「立っていられない?」
ぷるぷると小刻みに震えるネコミミの先を唾液で濡らす。膝の裏を悪ふざけをするように膝でかつんと叩いてみると,あまりにもあっさりと東海道は会議室の床に膝をついた。
これが日本で一番稼ぐ,日本で一番著名な新幹線の姿だと言っても誰も信用しないだろう。そもそも,いつもは生えていないものが二つ程生えている。
「あ,じょ,じょうえ……」
「何?」
警笛の紐を片側に寄せて,ことさら優しく制服を脱がせてやる。ファスナーを外して前立てを広げ,シャツを引っ張り出して下からボタンを外してゆく。空いた片手で脇腹から手を滑らせると,まだ袖を抜いていない東海道の手がぎゅっと上越の制服の横に皺を作った。
「駄目だよ,ちゃんと脱がないと。ね?」
「あ,あ,い,いやだ………」
吐息混じりの声が二人の間に零れる。背後に山陽と,そして東北の視線を痛い程感じながら東海道の服を脱がせている。他の何でもなく,東海道を辱める為に。
どうしてこんな事になってしまったのか考えるのを諦めて,腹をなぞっていた手でベルトを引き抜いた。掌で押すように触れると,そこは既に固く熱を持っている。
「敏感だね,山陽に開発してもらったんだ?」
「ちがっ……!」
「違くないでしょ,他に誰が君にこんな事するの,さ」
中の下着と一緒にスラックスを引きずり下ろす。突然外気に晒された東海道のものはふるりと震えていたが,上越が思っていた以上に張り詰めて勃ち上がっていた。
ワイシャツのボタンを外し切ったはいいものの,東海道の手が上越の服から離れてくれそうにない。制服は脱がせたしまぁいいか,と嘆息しながら,代わりに思いついた名案を実行する為に緑の布地に埋まりながら揺れているものへ手を伸ばす。今度は,うんと強めに。
「ひっ」
「自分に生えてるのも信じられないけど,東海道に猫の尾とか,何かいいよねぇ?」
ね,と自分の背後に同意を求めてみたが,声はなく,ただ背骨を押し潰すようなプレッシャーだけが返ってきた。いつもは不要なくらいテンションが高い癖に,全くノリが悪いったらありゃしない。それとも,恋人の痴態に夢中になっていて口を利く余裕もないのだろうか。だとしたら,少しはこうして東海道を虐めている甲斐もあるのだけれど。
東海道の腰を持ち上げて,握りしめた尾を前へ持って来る。久し振りに交わし合った目はこれから行われる事への疑問と期待に揺れていて,いつもからは考えられない色に思わず笑みが漏れた。なるほど,プライドの高い人間程こう言ったものに弱いと言うのは本当の事のようだ。
「ふぁ,あ,やっ,何……!」
「見れば分かるでしょ,東海道。目があるもの」
尾ごと性器を握りしめて撫で上げる。このままだと流石に扱き難そうだったので口の中で溜めた唾液をこれ見よがしにそこへ垂らしてやると,ひう,と弱々しい鳴き声を零して東海道がきつく目を瞑るのが見えた。
「ね,東海道,気持ちい?」
「あ,あ,や,それ,やめ……っ!」
唾液と染み出てきた体液とで,尾と東海道のものがぬちぬちと粘着質な音を立てる。二本纏めてだとそれなりの太さがあって片手では扱きづらかったが,両手を使っては東海道の顔へ触れる事が出来ない。
「ほら,ちゃんと見ないと。自分がイくところを,さ」
「いや,だ,あ,あ,ひいっ」
仰け反った喉仏を舌先で舐めて,目元へと手を滑らせる。促されるようにうっすらと開かれた目が上越の嬲っているものを視界へと収めた瞬間にぎゅっと縫い付けられたように開かれるのが滑稽だった。
なるほど,これは確かに開発のし甲斐がある。
山陽によく見えるよう,体を引き寄せて抱き締める。肩口に載せた顎からは唾液が零れて上越の制服を濡らしたが,構った事ではなかった。どうせ,この場にいる人間の服なんてこれから全てクリーニング行きになってしまうのだ。もっと取れにくい粘液ならまだしも,唾液くらいどうって事ない。
「あ,あ,も,……!」
「いいよ,いつでもイって」
ぐちゃぐちゃと濡れた音を耳に入れながら,すぐ近くにある耳元へ囁きかける。ついでとばかりに耳へ舌を差し入れると,その瞬間に東海道の体が大きく打ち震えた。遅れて,手の中のものがびくびくと痙攣する。
「あ,あ,あ………」
「わ,凄い量」
は,は,と短い息を吐く東海道から手を引き抜くと,掌は彼が吐き出した精液でべっとりと濡れていた。ほんの好奇心から舐め取ってみると,東北や自分のものと同じ青臭く苦い味がした。当たり前と言えば当たり前なのだが,もっと甘い味がしてもおかしくはなさそうな乱れぶりだ。
ま,こんなものかな,と結論づけ,絶頂の余韻を引きずって震える東海道を尻目に立ち上がる。するとようやく背に近付いてくる熱を感じた。気配で分かる,東北だ。
「……やりすぎだ」
「やってもいいって言ったのは君」
「ここまでしろ,とは言っていない」
どうなっても俺は知らん,と続けながら,濡れていない方の手を東北が引っ張った。
「え」
そのまま腕を振り抜かれて,上越の体が足下から揺らぐ。よたよたともたつく足が何かにぶつかった,と思ったらそれは会議室に備え付けてあるソファの足で,気付けば上越の背は革張りのソファの上へと倒れ込んでいた。
急に回転した視界の端で、上越を押しやった東北の冷たい目が見える。そして、その手前に体を押さえつける別の男の腕が見えて、次いで中途半端に脱がされたままだったスラックスを引き抜く山陽の顔が見えた。
「よっくもまぁ、お前さん――好き放題やってくれちゃって」
「山陽」
上越の声に呼応するするように唇をぺろりと舐めて、山陽の腕がぐっと上越の体をソファに固定する。確かに山陽を怒らせるつもりで東海道を虐めた訳だけれども、それにしたって東北の行動は何なのだ。飢えた他の男に同期を突き出すのは腐れ縁としてどうなんだ。何様のつもりだと言うのだろう。
「う,あ」
固い制服の布地に包まれた腿が尻を掬い上げる。そのまま膝先が尾の付け根に触れて,ひ,と声が上がった。膝を割り込ませた山陽本人が,何が楽しくて笑っているのかが分からない。
「上越,可愛い」
「な,あ,――」
憎まれ口を叩こうとした矢先,尾の付け根よりも手前に濡れた指先を感じて体が震えた。入れられる,と思っている間に潤滑剤を纏った指先がぬぐ,と入り口に触れて(そんなもの,どうして持ち歩いているのだろう),熱い息を吐いている間に中を擦るように押し入ってきた。その異物感より何より,待ちわびていたように震える自分の腹筋が憎らしい。
「あっ,あっ,ひ,」
いつも寝ている相手の指ではない。これは同僚の指で――否,いつも寝ている相手だって同僚と言えば同僚なのだけれども,所属地域が違う,言わば仲の良い遊び相手のような相手なのに,それでも肩が跳ねる程反応した。こう言うのは,普通は不義理と言うのではないのか。――まあ,いつも寝ている東北に義理を立てるつもりも必要もないと,上越は心の底から思っているのだが。
「や,あっ,あ」
勝手に上がる声が嫌で,顔が逃げるように横を向く。ソファの革が汗を浮かべた頬にくっつくのがただ気持ち悪くて,だから上越は気付くのが一瞬遅れてしまった。
顔のすぐ脇で,ぎしりとソファの軋む音がした。
「あ――」
不本意ながら触れられ慣れた指先が,汗で貼り付いた前髪をかき上げる。東北だ,と滲む視界の中でその姿を探すと意外にも彼は顔のすぐ横にいて,しかもなぜかズボンを寛げた状態で膝立ちになっていた。
普段ならば苛立って罵倒の一つでもくれていたはずである。だが,異常な状況に蕩けた頭は大した働きを見せてくれず,顔に押し付けるように露わにされたそこに,上越は何の違和感も抱かずに口付けていた。
「いい子だ」
「ん,ふ」
先端に舌を押し付けて,ずるりと飲み込むように咥えこむ。いい子,と言う言い草がやけに気に障ったが,その人の悪い笑みがなぜか安堵をもたらした。恐らく,と仮定を付ける必要もない,東北にフェラチオを強要されて文句を言わない自分なんて今日が初めてだ。
東北が僅かに腰を動かし,頬の肉を抉るように性器を飲み込ませにかかる。苦しさに目尻に涙が浮かんだが,それでも口の中を他人の体温が満たしている状況が上越をひどく興奮させた。そこまでして東北が上越に咥えさせたがると言うのも,珍しい。
「ん,むぅ,……ふ」
ぐっと掴まれた猫の方の耳が痛くて,お返しとばかりに裏筋を舌先で辿ってやる。そうすると今度は内壁をぐりぐりと刺激していた山陽が薄く笑って,旨そうにまあ,といつも付いている方の耳へ声を吹き込んでくる。
うるさい変態どもめ。
東北への奉仕に夢中になっている自分を棚に上げてそんな事を思っていると,暫くしてふと中を蹂躙していた指がいなくなっている事に気付いた。飽きたのかな,なんてぼんやりと霞のかかった頭の隅で思っていると,不意に指なんかとは比べものにならない質量を持ったものがぐっと押し付けられていて,やはり頭のどこかでこんな事は予想が付いていたはずなのに,上越は思わず目を丸くして山陽を見上げた。
山陽は見た事のない顔で上越を見下ろして,笑っている。そのまま奥まで割り入ってきたものに押し上げられるように,上越の口から悲鳴にも似た嬌声が上がった。
「あっ,あ,あ……!」
「ワリ,入れるって言った方がよかった?」
ごめんな上越,と謝る割に,顔はちっとも申し訳なさそうではなかった。そんな風に口の端を歪めて笑う,けだものみたいな顔の山陽なんて上越は知らなかった。知る気もあまり,なかったと言うのに。
喘いだせいで中断された奉仕に東北が短く舌打ちする。仕方ないとばかりに口の代わりに手を引っ張り出されて握らされそうになったが,それよりも早く腕をひらめかせて上越は東北の首を引き寄せた。
「とうほ,く……」
ぬぐぬぐと他の男に抉られている間に,この男のキスを求める自分はおかしいのだろうか。
「……上越,俺は無視?」
「ひあっ,や,山陽……!」
前立腺の辺りを擦られて,唾液で濡れた唇が甘ったるい声を零す。下唇を噛む東北の顔がやけに凶暴で,それだけで腰が疼くのを感じた。ああ,いい。もしかしたらこの男にもそれなりの嫉妬と独占欲があるのかと思うと,それだけでいけそうだ。
汗なのか涙なのかもう分からないもので濡れた視界の端に東海道が映ったのは,その時だった。
先程散々上越が遊んでやったまま,ソファの前の床の上で,乱れた制服の上衣に乗る形で東海道が震えている。その唇が熱に浮かされたようにさんよ,と辿々しく山陽の名を呼ぶのをその山陽に犯されながら聞いている,この状況のおかしさに誰一人言及していない。
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